テリー伊藤の兄で玉子焼き老舗社長の伊藤光男さん死去…豊洲移転時に語った「築地場外」への思い

北村 泰介 北村 泰介

 東京・築地場外市場にある玉子焼きの老舗「丸武」社長の伊藤光男さんが昨年12月19日に80歳で死去していたことが3日、報じられた。2018年10月、築地場内の中央卸売市場が豊洲に移転したことを受けた取材時、「丸武」の店頭で伊藤さんに「アポなし」の直撃取材を敢行しながら、丁寧に対応してくださったことを思い出す。市場にとって大きな分岐点となった時期、伊藤さんが胸に抱いていた「築地場外」への思いを振り返った。

 演出家でタレントのテリー伊藤の兄として、弟が出演するTBS系「サンデージャポン」では「アニー伊藤」の愛称で築地場外をリポートしていたことでも知られる伊藤さん。大正末期創業の「丸武」三代目として店を切り盛りしてきた。

 築地の場内が83年の歴史に幕を閉じた18年10月半ば、朝5時から豊洲市場を取材した後、移転で取り残された格好となる築地場外の状況はどうかと気になり、地下鉄を乗り継いで現地を訪ねた。

 「丸武」の前に差し掛かり、店頭で「焼き玉」(玉子焼き一切れ100円)の甘い香りをかぎながら、奥にいる伊藤さんの姿を見つけた。焼き玉を購入後に、応対したスタッフに名刺を渡して取材の意思を伝えていると、「なに?」と伊藤さんが奥から声をかけてこられた。改めて、こちらの身元やら取材意図について語り始めると、「まぁ、いいから」と言葉をさえぎり、アイコンタクトで奥に入るように誘導された。店内奥で簡易イスに腰を掛け、差し向かいで質問に答えてくださった。

 伊藤さんは外の歩道をながめながら「見てごらんなさい、人も少ないでしょう。(午前)10時までは静かなんです」。時計を見ると午前7時30分。「昔はプロ(場内で働く人たち)が10時までいて、アマ(一般の観光客や利用客)は10時以降に来ていた。それが、プロがいなくなったものだから、10時までは静かになっちゃったんです。平日は朝4時から営業を続けているが、時間を動かすことがあるかもしれないね」と時代の移り変わりを実感していた。

 それでも、自身が育った築地への思いは強かった。伊藤さんは「築地の場外と場内は対(つい)なんです。車の前輪と後輪のようなもの。片側(場内)が抜けたら、場外はどうなってしまうか。長い目で見ると、場外はダメになっていくんじゃないかと思っています」と危惧した。

 そうして豊洲市場に新店を出す一方で、築地の本店に腰を据えて営業を続ける覚悟を示していた。伊藤さんは「豊洲には将来性はあると思います。人間は、いい悪いは別にして、新しいものを見たがります。でも、豊洲に行っていた人が『やっぱり築地がいい』って帰ってくるかもしれない」と再評価の日を見据えた。

 それから翌年にかけ、記者は現地に何度か足を運んだ。場内にあったセリの熱気は失われても、コロナ禍前のインバウンド景気を背景とした外国人観光客をはじめ、首都圏だけでなく、全国からも東京旅行を兼ねて訪れる買い物客でにぎわっていて、「食」の市場として築地場外は健在だと感じた。

 2020年となり、コロナ禍は全国の市場にも打撃を与えた。その年の瀬に世を去った伊藤さん。取材当時、「テリーさんから仕事に関して何か言葉をかけられていますか」と尋ねると、「輝夫(テリー伊藤の本名)ですか?私の息子に、まぁ、弟にとっては甥に当たるわけだけど、『一生懸命やれよ』とハッパをかけていましたよ」と笑った。「丸武」を家族やスタッフも含めたファミリーで継承していくという思いが、その大らかな笑顔から伝わってきた。

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