「日本の携帯電話料金は高いから、引き下げろ」と言われています。これについて、現時点での筆者の見解は、以下のとおりです。
下げる余地は十分あると思います。ただし、料金だけを単独で見てはダメで、社会の重要インフラとしてのサービスの質を、総合的に検討しないといけないと思います。
料金が下がることそれ自体は、ユーザーにとって望ましいことですが、もし、サービスの品質の低下、例えば、エリアの広さやつながりやすさ、通信速度、顧客のサポート体制等の低下を伴うとしたら、どうでしょうか。ユーザーが求める品質はどこまでか、通信会社が設備投資・研究開発を将来的にも続けるための利益水準はどの程度が適正か、等の点を総合的に検討する必要があるでしょう。「料金を下げろ」というのであれば、「サービスの質を落とさず、設備投資もしながら、料金を下げる」方法を、具体的に提示すべきではないでしょうか。
これまで長い間議論されてきたことであるにもかかわらず、それぞれの立場によって、様々な根拠に基づく主張が乱立し、どこに客観的真実があるのか、なかなか見えません。ファクトに基づいた“正しい”分析と考察をした上で、必要かつ合理的で実現可能な案を模索すべきでしょう。
また、MNOとMNVOの棲み分け(※1)も、曖昧になる可能性等がありますが、日本の携帯会社や通信市場全体を、政府はどうしていきたいのか、その全体像・世界観が、いまひとつ見えてきません。
民間企業が提供するサービスの対価としての料金を、政府が完全にコントロールできる、そして、消費者も政府の思惑どおりに動く、と考えているとしたら、大いに問題があると思います。万一、民間企業も学者も役人も、強制的・盲目的に時の政権の言いなりで、言いたいことをいえなくなってしまったら、その国と国民の未来は非常に危うく、憂慮すべき事態です。多様な意見や価値観を許容するということは、自由と民主主義の根幹です。
もちろん、民間企業の提供するサービスであっても、診療・介護報酬や、電気、都市ガス、鉄道・タクシー運賃、郵便(第三種・第四種郵便物)料金など、政府が決定・認可をするものはあります(※2)が、携帯電話の料金はそうなっていません。政権の運営全体にいえることですが、基本的に、政府ができること・やってよいこと、というのは、具体的に法令で定められています。なぜなら、もしも、政府がフリーハンドで「権力」を行使できるとするならば、それは、国民の様々な権利を著しくおびやかすおそれがあるからです。これは人類の苦難の歴史が生み出した智慧です。
政治が、国民にとっての『正義の味方』を演じ始めたら、要注意です。国民にとって、耳障りのいいことばかりを言っていたら、国は立ちゆかなくなります。公であれ民であれ、物やサービスを提供するには必ずコストがかかります。そして、そのコストを負担するのは、結局のところ、国民です。(そういう意味では、全国民一律10万円給付もGoToキャンペーンも、その原資は国民の負担です。)
民度が高いということは、こうしたことを含め、現実にきちんと目を向け、一員として国の未来をともに考えるということだと思います。
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なお、本論は下記に述べる各種調査の結果を基に論じておりますが、こうした各種調査(情報の収集方法や分析・考察等)が、適切に行われた有用なものである、ということを前提にしています(※3)。
日本の携帯電話料金は高い?
(1)携帯電話の料金は、東京、NY,ロンドン、パリ、デュッセルドルフ、ソウルの比較で、総じて東京は、NYよりは安く、韓英仏独よりは高いとなっています。(総務省「電気通信サービスに係る内外価格差調査」(2020年6月 ※4)
MNO(最もユーザーシェアの高い事業者のもの、5GB/月、円):NY6,865、東京6,250、ソウル3,931、デュッセルドルフ3,483、パリ1,986、ロンドン1,800
MVNO(同上):NY4,051、東京3,302、パリ2,192、ソウル1,772、デュッセルドルフ1,532、ロンドン1,500
(2)また、「National Accounts of OECD Countries, Volume 2020 Issue 2」(※5)に基づき、上記国について、国内家計最終消費支出のうち、通信費支出の対GDP比(%)を計算してみると、日本1.96、韓国:1.53、米:1.33、仏:1.21、独:1.12、英0.96となります。
サービスの質はどうなの?
日、米、英、仏、独、韓の比較で、日本は、4G接続率は1位、通信速度(ダウンロード)は2位となっています。(ICT総研の調査(2020年7月 ※6)
4G接続率:日本 98.5%、韓国 98.3%、アメリカ 96.1%、イギリス 89.2%、フランス 86.0%、ドイツ 85.8%
ダウンロード通信速度:韓国 59.0Mbps、日本 49.3Mbps、ドイツ 28.7Mbps、フランス 28.6Mbps、アメリカ 26.7Mbps、イギリス 22.9Mbps
確かに、筆者の経験でも、ヨーロッパでは、地方部だけでなく、都市部でも地下鉄(移動中、ホーム等)や高速鉄道などでも、通信環境が日本ほど良くないと感じます。大手携帯電話会社の販売店網やサポート体制等(どこまで必要か、は議論があると思いますが。)も、違うと思います。
日本の会社は儲けすぎ?
日本の携帯電話会社の利益率は、国際的に見ると、米国より低いが、仏と同程度、英独より高くなっています。(野村総合研究所調査(2018年10月) ※7) ただし、「儲けすぎ」であるのかどうかの判断には、更なる検証が必要でしょう。
日本:NTTドコモ21.4%、KDDI18.8%、ソフトバンク21.1%、
米国:AT&T28.8%、Verizon33.4%、Sprint35.9%、
フランス:Orange18.8%、英国:BT Group10.9%、独:Vodafone9.7%、英国:Vodafone2.4%
携帯会社は、広告にお金をかけすぎ?
主要業種のマスコミ広告費の推移を見ると、新聞・雑誌・テレビ・ラジオで広告費が多いのは、1位「情報・通信」、2位「食品」、3位「化粧品・トイレタリー」、4位「交通・レジャー」となっていて、近年のインターネット広告におされて横ばいか低下傾向の業種が多い中、情報・通信業界の広告費は上昇しています。(「2019日本の広告費」(株式会社電通 ※8)
これまでの政策は?
政府はこれまで、携帯会社の乗り換えが容易になる→競争が促進される→料金が下がる、という発想に基づき、「通信会社の乗り換え」を進めてきました。また、昨年10月にMNOに参入したR社は、他社より格安の料金プランを提供しましたが、他の3社からR社への転入が続出するという結果にはなっていません。
昨年の電気通信事業法の改正で設けられた、解約違約金1000円や端末の値引き上限2万円等のルールも同様ですが、消費者の心理や行動変容など含めたマーケティング等の戦略が必ずしも正しくなかったということの表れではないでしょうか。