早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(エンパク、東京都新宿区)でオンライン展示「失われた公演―コロナ禍と演劇の記録/記憶」が始まりました。新型コロナウイルス禍の影響にある現在を演劇という視点からとらえた試みで、圧巻は日の目を見るはずだった公演チラシを集めたページです。舞台に携わる人たちの思いが語らずとも伝わり、SNSでは「チラシを見ると悲しくなる」「主催者のコメント読んで泣いてる」「意地を感じる」などの声が上がっています。
2月下旬に政府によるイベント自粛要請が出されて以降、多くの舞台が中止・延期を余儀なくされました。エンパクの調査では、少なくとも全国で800公演以上。エンパクは今年6月からコロナ禍で中止・延期になった演劇の資料の収集を開始しており、古典芸能から現代演劇まで、約100団体から約500点のチラシやポスター、台本などを集め、オンライン展示では、公演チラシ101枚(10月26日現在)をアップ。表裏両面、公演関係者のコメントなどを掲載しています。
公演チラシは、新規のお客さんにとってその劇団の顔です。初見の人が劇場に足を運んでもらえるよう、チラシのクオリティーに知恵を絞る。それが配ることができなくなったら…。2020年7月、東京芸術劇場で予定されていた公演『サンセットメン』のプロデューサー、有本佳子さんは、エンパクのサイトに「上演出来るか分からない公演の、使うか分からないチラシを作る作業は、モチベーションの維持が難しく、日々心が揺れました」「行き場を失った山積みのチラシに胸が苦しくなりましたが、それでもやはり出来上がったチラシは愛おしく、大切な記録となっています。」とコメントを寄せています。
担当する後藤隆基助教(近現代日本演劇)に聞きました。
―展示の意図を教えてください。
「舞台を作る側だけでなく、その日その時間の公演を心待ちにしていたお客さんも含めると、コロナがもたらした影響は甚大です。それに対してエンパクとして何ができるだろうと考えました。コロナ禍によって演劇史に空白ができたことは確かです。しかし、その空白を空白のままにせず、上演が叶わなかった公演の記録をきちんと後世に伝えたい、その公演群を『なかったこと』にしたくない。そうした思いから、中止・延期公演の調査や資料収集を始めました。上演されるはずだった公演の証であるチラシを、せめてオンライン展示という形で公開し、各公演へのコメントも併せてご覧いただくことで、少しでも現場へのエールになればと願っています。ご提供いただいたどの資料も、コメントも、すべての団体の方々が切実な状況の中で送ってくださったもの。そのことに、感謝の気持ちしかない。現場の方々のご賛同、ご協力なしにこの展示は成立しません」
―4月7日の緊急事態宣言の発令から半年が過ぎましたが、演劇はどこまで回復しているのでしょうか。
「各劇場・劇団が、ガイドラインに沿った上でさらに細心の感染対策を練って公演を再開していますが、入場者数は規制せざるをえない状況が続いています。今なお中止や延期を決断する劇団もある。舞台芸術界全体が、いまだに薄氷を踏むような思いで事態に対応しているのです」
―その中で、エンパクができることは。
「オンライン展示を公開したことにより、新たに資料をご提供くださる団体が、いっそう増えています。当館の取り組みに『参加したい』という声をいただくことが多く、ありがたいことです。ここに展示されるチラシが新たに増えないことが、何より望ましいのですが、これまでに中止・延期になった公演については、規模の大小やジャンルを問わず、資料収集と公開を続けていきたい。展示を公開して終わりではなく、これが第二のスタートと考えています。この先に何ができるのか。館員一同、知恵を絞っていきたい」
温泉ドラゴンのシライケイタさんのコメントの一部を紹介します。
演劇は死なないと信じたい。僕も可能な限り演劇にしがみつこうと思っています。そして、形を変えながらも演劇は生き残ると信じています。しかし、演劇が生き残っても、その時に演劇を支えるスタッフや俳優がいなければどうにもなりません。どうにかして人材の流出を防ぐ手立てを、演劇が生きる術を、我々はジャンルを超え世代を超えて語り合い、模索していかなければなりません。
いつか、2020年が思い出話になる日まで、我々は生き延びなければなりません。
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展示は随時更新し、21年春の現物展示による企画展の開催も検討しています。また、引き続き資料提供を呼び掛けています。収集の対象は、新型コロナに伴い中止または延期となった公演のチラシ、ポスター、プログラム、パンフレット、台本など。
▼ オンライン展示「失われた公演 コロナ禍の演劇の記録/記憶」
http://www.waseda.jp/prj-ushinawareta/