カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞した「淵に立つ」(2016年)、ロカルノ国際映画祭コンペティション部門正式招待作「よこがお」(2019年)などで、海外でも高い評価を受けている深田晃司監督は、新型コロナウイルスの感染拡大によって苦境に立たされた小規模館の運営継続を支援すべく、4月、「ハッピーアワー」「寝ても覚めても」の濱口竜介監督らと「ミニシアター・エイド基金」を設立。クラウドファンディング(CF)で3億3千万円あまりを集め、全国の118劇場・103団体に配分した。最新作「本気のしるし《劇場版》」の公開に合わせて神戸を訪れた深田監督に、コロナ禍でのこうした取り組みや、今の日本映画界が抱える課題などについて話を聞いた。
【深田晃司】1980年生まれ。99年映画美学校に入学。長・短編3本を自主制作。06年テンペラ画アニメーション『ざくろ屋敷』でパリ第3回KINOTAYO映画祭新人賞受賞。08年映画『東京人間喜劇』でローマ国際映画祭正式招待、大阪シネドライブ大賞受賞。10年『歓待』が東京国際映画祭日本映画「ある視点」作品賞、プチョン国際映画祭最優秀アジア映画賞受賞。13年『ほとりの朔子』でナント三大陸映画祭グランプリ&若い審査員賞をダブル受賞。16年『淵に立つ』で第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞受賞。19年の『よこがお』はロカルノ国際映画祭コンペティション部門正式招待。特定非営利活動法人独立映画鍋共同代表。(ミニシアター・エイド基金のサイトから抜粋)
映画文化を守る「ミニシアター・エイド基金」
――この半年あまり、業界の危機を打開しようと精力的に動く姿が印象的でした。
「これまでの自分の作品のほとんどが所謂ミニシアターで上映されてきました。いつかコロナ禍が落ち着いたとして、その頃にミニシアターが閉館していると、発表の場を失うことになります。生き残るために何かできることはないかと考えて、CFを行うことにしました。ミニシアター・エイド基金の運営は5人いて、僕はあくまでも仲介役の1人にすぎません」
「『映画監督が何故わざわざそんなことを?』と言う人もいました。しかし、映画文化を守ろうという意識が強く、手厚い助成の仕組みがあるフランスや韓国も、映画人たちが闘ってそれらを勝ち取ってきたのです。僕らのモチベーションもそれと同じものだと思います」
日本の文化の脆弱性がコロナ禍で露わに
――1席ずつ間隔を設ける感染防止対策を取っていた映画館も、徐々に全席販売を再開しています。また「鬼滅の刃」が空前のヒットを記録したり、黒沢清監督の「スパイの妻」がベネチア国際映画祭で銀獅子賞に輝いたりするなど、映画業界が活気づいているようにも見えますが、深田監督は今の状況をどう感じていますか。
「『鬼滅の刃』が今、バスや電車の時刻表かというくらい分刻みで上映されています。もちろん『鬼滅の刃』のヒットは祝福されるべきだし、関わったスタッフ・俳優の皆様には拍手を送りたいです。作品の持つ力は疑いようがなく自分も早く見たいと思っています。ただ一方で考えなくはいけないのは、あれだけの規模で公開できるのは、TOHOシネマズを持つ東宝の配給だからです。日本だと違和感ないかもしれませんが、事実としてアメリカであれば大手映画会社が映画館チェーンを持つことは禁止されていたりします。独禁法に抵触するからです。強固なネットワークと大きな資本力を駆使した日本映画従来の方法論が、自由で公正な競争であると言えるのかは疑問です。日本でこれまで当たり前だった“商慣習”に『映画文化の多様性を守る』という視点が十分に含まれているかは議論の必要があると感じています」
「また、コロナ禍で露わになった日本映画界の問題はほとんど解決されていません。端的に言うと、まずはお金の問題。映画を作るにはお金がかかります。そして資金を集める方法は『企業などの出資』『公的な助成』『寄付』のほぼ3パターンしかありません。しかし日本は助成金が非常に少なく、寄付の文化も根づいていない。となると頼りになるのは出資ですが、これは性質上、ヒットが見込める娯楽大作に偏りがちになるという問題を孕んでいます」
平田オリザの教え、後進のために引き受けるべき責任
――「本気のしるし《劇場版》」はカンヌ国際映画祭の「オフィシャル・セレクション2020」に選出されました。深田監督はこれまでも、海外の映画賞を度々受賞しています。現在40歳。寄せられる期待の大きさや、これからの映画界でご自身が担っていく役割についてはどう考えていますか。
「日本映画は海外ではずっと4K(河瀬直美、北野武、黒沢清、是枝裕和)が注目されてきましたので、ようやく僕や濱口監督のような『下の世代』にもスポットが当たるようになったという手応えはあります。その一方で、今の日本映画界が置かれている状況は危機的です。個々の才能は海外と比べても遜色ないのですが、圧倒的に環境に恵まれていない。先ほど指摘したお金の問題もそうですし、例えば韓国では1本の映画を作るのに3カ月くらいかけられるのに、僕の場合は3週間が限界で、もっと短い監督もたくさんいます。自由のなさを痛感しますし、収入も不安定。結局こういう環境で作れる人しか生き残れず、このままでは作り手や作品の多様性が失われていくのではないかと危惧しています」
「それでも自分は作品も評価され、映画監督としてはまだ恵まれている方です。だからこそ、後進がより自由に映画を撮れる環境を整えるため、業界の構造を変えていくにはどうすればよいかを考えなければなりません。僕が20代で入った劇団『青年団』の平田オリザがいつも言っていたことですが、これはある程度のキャリアを積んだ人間が義務として引き受けるべき仕事なのだと思います」
「生きる」ことの不条理さと向き合いたい
――「本気のしるし《劇場版》」は、男女の非対称性が重要なテーマです。ジェンダーに対する問題意識のあり方は、奇しくも今年公開された韓国映画「はちどり」や「82年生まれ、キム・ジヨン」とも共鳴しているように感じました。
「実はどちらも見ていないのでわかりません(笑)。でも、#metoo運動などに象徴される“時代の要請”である、と言うことはできるかもしれませんね」
「日本の映画業界の問題などについて話してきましたが、作品作りはそれとはまた別物です。本作ではジェンダーの問題だけでなく、『人は孤独である』という普遍的なテーマにも取り組みました。これからも、生きているということ自体の“わからなさ”、『なぜ生きるのか』という問いを抱えながらも生きざるを得ない不条理に、映画を通して向き合っていくつもりです」
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「本気のしるし《劇場版》」は関西では大阪のシネ・ヌーヴォ、第七藝術劇場、神戸の元町映画館、京都の出町座で公開中。10月23日から豊岡劇場でも上映される。
原作は星里もちるの同名コミックで、20年前から思い入れのあった深田監督が、森崎ウィンと土村芳を主演に迎えて名古屋テレビ(メ〜テレ)でドラマ化した。好評を受け、再編集して映画に。上映時間は怒涛の232分(インターミッションあり)。