ある種独特の雰囲気がある舞台演劇の世界で飛び交う用語には、古くから使われてきた独特の言い回しや隠語が多く残されている。元役者のMさんに話を聞いた。
「手」「引き」「平」の種類がある「雑用」とは
演劇用語に「雑用」という言葉がある。普通に読めば「ざつよう」で「こまかい用事」という意味だが、演劇界では「ぞうよう」と読ませて「食費」を意味するという。しかも、バリエーションがいくつかある。
「雑用」の2文字だと、たんに「食費」または「食い扶持」という意味。頭に「手」をつけて「手雑用(てぞうよう)」になると、食費を自己負担する意味になる。また、宿泊費を自己負担する意味でも使われる。
これと似た意味で「引き雑用(ひきぞうよう)」という言い方がある。宿泊と食事の手配は興行主がやってくれる。だが費用を負担してくれるわけではなく、ギャラからきっちり差し引かれて精算されるそうだ。結局、自己負担になることに変わりはない。
これらとは逆に、宿泊費や食費を興行主が負担してくれることを「平雑用(ひらぞうよう)」という。
ところで「あご足」という言葉を聞いたことはないだろうか。今はあまり使われなくなったそうだが、「あご」は食費、「足」は旅費のこと。「あご足つき」といえば、食費も旅費も興行主が負担してくれることを指す。食費を現金で支給される場合もあるが、たいていは現場で弁当が支給されるという。
特殊効果のキャノン砲、大道具・小道具・持ち道具のいろいろ
コンサートやイベントなどで、ステージが盛り上がったときに、客席に向かって紙吹雪やテープがパーンと発射される装置をご覧になったことがあるだろう。あの装置を「キャノン」とか「キャノン砲」という。語源はおそらく兵器の「カノン(キャノン)砲」だろう。本物のキャノン砲は、戦車を撃破できる強力な武器だ。
ステージのキャノン砲は砲身にガスを充填しておき、それを一気に放出することで紙吹雪やテープを勢いよく飛ばす仕組みの特殊効果である。
一方、「大道具」「小道具」「持ち道具」といえば、業界人ではない私たちも耳にしたことのある言葉ではないだろうか。
「大道具」とは一般的に建物、樹木、岩石など、演者が手に取ることのない大型の舞台装置や機構のこと。
「小道具」は演者が携帯するもの、室内の装飾、動物、食べ物などの総称だが、持ち道具とは区別される。またステージ上で消耗するもの、たとえば食べ物は「消え物」という言い方もある。
「持ち道具」は小道具の中でも演者が手に持ったり身につけたりするもので、衣装につけるアクセサリーとか刀剣や銃などの武器類、帽子、靴などをいう。ときとして、演者が持ち道具を忘れて舞台へ出ていくというアクシデントが起こるようだ。そんなピンチをうまく切り抜けるのも、役者として腕の見せどころである。
また「出道具(でどうぐ)」とは、大道具や小道具など大きさに関係なく、幕が開いたとき、はじめから舞台上に出ている道具を指す。たとえば家の中のシーンから始まる芝居だったら、家のセット(大道具)そのものがすでに出道具であり、中にあるテーブルやイス、置物なども出道具である。
「たっぱ」「す」「わらう」など…聞き覚えのある言葉あれこれ
「たっぱ」は漢字で「建端」または「立端」と書いて、高さのこと。
「照明のたっぱはいくつ?」といわれたら、「照明はどの高さに吊りますか」という意味。転じて人間のこともいうようになり、「キミは、たっぱがあるね」といわれたら「背が高いね」という意味だ。
「す」は「素」で、演者の生の人格が出てしまうこと。「素に戻る」とか「今のセリフ、素だったよね」という。セリフを忘れたとき、素に戻ってうろたえるのは禁物だ。
「わらう」は、比較的知られた業界用語ではないだろうか。「そこのテーブル、わらっといて」といわれて、意味が分からず苦笑いを浮かべるのは素人である。「テーブルを片付けろ」と言われているのだ。