”何もしない時間“が生産性を高める理由…オランダ流「ニクセン」って何だ?

中村 曜子 中村 曜子

 「ニクセン」と聞いて、何を想像しますか?「肉の専門店」「昔のアメリカの大統領(それはニクソン)」「憎ミマセン!」とか…?いえいえ、そうではありません。ニクセンとは、オランダ語で「何もしない」という意味です。何もせず、何も生み出さないこと。義務感や生産性から自分を解放して、ボーっとすることだそう。

 ちょっとしたすき間の時間に、ついスマホをいじる。週末は予定がびっしり埋まっているにもかかわらず、予定が空くと「何かしなくちゃ」と思ってしまう…。そんな生活をスローダウンさせて「何もしない」という時間を味わう、オランダ流のリラックス法「ニクセン」は欧米の人々にとっても新鮮だったようで『ニューヨーク・タイムズ』で取り上げられてから一段と注目を集めているそうです。

 実際、オランダは世界幸福度ランキング5位、OECDの「ワーク・ライフ・バランスランキング」においては世界1位(2019年)になっており、今回『週末は、Niksen。』(大和出版)を上梓したオランダ在住の日本人、山本直子さんもその秘訣の一つに、ニクセンがあると考えられると言います。

 それにしても「何もしない」とは、何をすればいいのでしょう?山本さんによると、典型的なニクセンの例は、窓の外をボーっと眺めること。ソファに寝転がって音楽を聴いたり、陽だまりの中で日光浴もいいと言います。その他に歩いたり、皿洗いしたり、編み物をするなど、半自動的な作業をしながら考えを浮遊させることも、ニクセンになのだとか。

 大切なのは、仕事や予定をわきに置いて、ひとときの間、心地よさを感じる中でボーっとすることだそう。そうすることで脳を休ませると「セロトニン」という神経伝達物質が分泌され、心を落ち着かせ、ポジティブな気持ちにさせてくれるといいます。

 セロトニンは別名「幸せホルモン」とも呼ばれ、自律神経のバランスを整える作用もあります。自律神経のバランスが整えば、血流はよくなり、腸内環境も改善され、免疫力が高まることは、多くの医師が指摘していること。さらに、こんな効果もあるそうです。

 「ボーっとすることの効果は、リラックス作用だけではありません。『ひらめき』を生んだり、生産性を高めたりする効果もあって、実は何もしていないようで仕事の効率を上げることにもつながることが、さまざまな研究からわかっています。
 最近の脳科学では、ボーっとしているときの脳は、集中しているときよりも広範囲にわたって活動しており、例えば記憶と記憶を結び付けたり、情報を整理したりしていることがわかっています」

 だからというわけではないでしょうが、わたしもボーっとしていると、思わぬことを思い出しました。今から20年以上前のこと。日本の高度経済成長期を支えた産業がどう生まれ、どう難問に取り組んで克服していったかを紹介する人気ドキュメンタリーテレビ番組『プロジェクトX~挑戦者たち~』(NHK総合)の中で、まさに「ニクセン」が役立ったような、とても印象深いシーンがあったのです。

 それは、世界に先駆けて自動改札機を開発したエピソードの場面。開発を依頼された名だたる大企業が「不可能」としり込みするほど、自動改札機の開発は難問中の難問だったそうです。そんな中、手を挙げたのが立石電機(オムロン)でした。

 1分間で何十人もの切符を処理する技術、不正な切符を感知する技術、切符と定期券を一度に読み取る技術、大人と子供の区別、あらゆる難問が立ちはだかります。その一つに、切符を改札機に入れたとき、切符がまっすぐに通らず、横に曲がったり、斜めに向いたりするのをどうすればよいか、というものがありました。コンマ何秒かで改札機の出口に切符を出さなければいけないのに、改札機の中で切符の向きがクルクル変わるため、うまく流れない…。

 そんなあるとき、開発者の男性は、休みの日に趣味の渓流釣りに出かけます。そして、川をボーっと眺めていると川面を、ときどき葉っぱが流れていく。ボーっと眺める男性…。とそのとき、ひらめいたのです!葉っぱが石にぶつかって進路を変えていくその様子は、男性の頭の中で、切符が改札機の中を通る姿と重なり、石にぶつかって葉っぱが進路を変えるなら改札機の中にも、切符の進路を整えるコマを入れればいい、と応用。そしてこの着想から、この難問を見事に解決するのでした。

 思い返せば、わたしも天気がよければ「体を動かさないと!」とあくせくし、旅先では名物を食べ、名所巡りと必死になって観光し、帰る頃にはぐったり。「ゆったり過ごす」こと自体が人生から抜け落ちている気がします。確かに、それではちっともリラックスしないし、いいひらめきも生まれないかもしれないと、ふとわが身を振り返りました。

 オランダでは天気のいい日の公園には、芝生の上でゴロゴロ寝転がる人の姿はいたるところで見られるそうです。オランダ人はキャンプや旅行も大好きですが、取り立てて何もしないのが普通。一日中デッキチェアで日光浴をしたり、旅先で本を読んで過ごしたりするのはごく当たり前だと、山本さんは言います。

 わたしもこれにならって帰宅後や週末は、パソコンやスマホを別室に置いて、ただただボーっとする時間をつくってみようと思います。なんだかそれが自分にはとても必要な気がしてきました。みなさんは、いかがでしょうか?

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