新型コロナウィルス感染防止対策として、大学入試などで在宅のオンライン試験を導入する動きが出てきています。オンライン試験を導入するにあたって最も課題になっているのは、カンニングなどの不正防止です。そこで注目されているのが、遠隔でも不正をチェックできるという、AIを活用したオンライン試験監督システム。実際、大正大学(東京都豊島区)が11月に実施する学校推薦型選抜入試で同システムを導入するといいます。一体、どのような仕組みで、不正を防げるのでしょうか。今回、大正大に導入されるAI搭載のオンライン試験監督システムを開発した企業の責任者の方にお話を伺いました。
韓国の大学ではオンライン試験で不正相次ぐ
オンライン試験というと、試験会場まで足を運ばなくても、在宅などどこからでもパソコンやスマートフォンを使って試験を受けられる形式のものです。筆記試験の場合、パソコンなどのオンライン上で問題文を読んで回答をしていきます。例えば、選択肢を選んだり、記述で回答する場合は文字を入力したりするわけです。
日本でも既に一般民間試験や社内のコンプライアンス確認テストなどオンライン試験を導入しているところもありますが、大学の入学試験といったより厳正さを求めるハイステークな試験などはオンラインで行われることはほとんどなかったといいます。ただ、今年に入ってコロナ感染が拡大する中、学内の定期試験でオンライン試験を実施したり、オンライン入試の導入も検討したりする学校が徐々に増えてきました。
しかし、在宅のオンライン試験では試験監督のいる会場と違って、不正防止の対策が日本では「確立していない」という声も上がっており、入学試験での導入を見送る学校もあるようです。確かに、大学入試ではありませんが、オンライン試験を導入して不正が発覚した他国の事例もあります。例えば、今年春以降、韓国の大学でも学内で実施したオンライン試験で電話やSNSを通じて答えを教え合うなど不正行為が相次いだといいます。このような不正を防ぐため、現在日本でも開発が求められているのが、オンライン試験監督システムなのです。
AIと人の二重チェックで不正を見抜く
今回オンライン試験監督システムについてお話を伺ったのは、教育サービス事業を展開する「EduLab(エデュラボ)」(東京都渋谷区)の執行役員でAI関連事業部責任者の松本健成さん。早々に大学入試で導入されるということで、学校関係者からも注目されているといいます。
――11月に大正大学で貴社のオンライン試験監督システムが実際に導入されるということですが、どういった試験で使用され、どういった仕組みになっているのでしょうか?
「当社が開発したのは、AIを活用したオンライン試験監督システム『Check Point Z』というものです。英検のCBT(※Compiter Based Testingの略。コンピューターを使用して実施する試験)版でも来年春までに導入が予定されています。大正大学さまでは11月28日に行われる学校推薦型選抜入試で対面とオンラインの2つの形式が行われるそうです。オンラインで受験される方の基礎確認テスト(筆記試験)で当社のシステムをご利用されます。
『Check Point Z』は、受験者の本人確認をした上で、試験実施中の受験者の様子やパソコンの操作ログなどを全て記録し、AIと人により二重チェックをするという仕組みになっています。AIによるチェックは、まず受験者の目線の動きを追うアイトラッキングです。例えば、机の下をずっと見ている、あるいはパソコンの画面とは明らかに違う方向を見ているといった怪しい動きを検知するようになっています。このほか、複数の人が画面に映っていないかどうかなどもチェックします。人の目では見落してしまうような行動を捉えることが可能ではありますが、最終的には人の目でも受験者の挙動を確認することで、より厳正な本人確認や不正行為チェックができるようになっています。
ただ、AIが怪しいと思ったものに絞ってチェックする場合と、AIが怪しくないと判断したものも含めて人の目で見てほしい場合もあります。そこの部分はお客さまのニーズに合わせてお願いしています。ですから、入試の規模や内容によってチェックする人員の数や配置などは変わってくると思います」
――AIと人の目の二重チェックとはかなり手厚いですね。ただ、オンライン試験の場合、不正防止だけではなく、通信トラブルの発生なども懸念されています。最近では、複数の大学がオンラインでの面接が通信不良などで切断された場合は、面接を打ち切る方針を出したという報道もありました。大正大学のオンライン入試でも、通信面での対策を検討されているのでしょうか?
「本番の試験に備えて、受験者の方にはご自宅でオンラインシステムが実際使えるかどうか動作確認などを事前に行っていただきます。動作確認に問題がなければ、おそらく当日も問題なく受けられるはずです。とはいっても、ご自宅でのオンライン試験の場合、天候の不順などでネットワーク回線が切れる可能性は決してゼロではありません。当社としては切れることを想定して、その際の問い合わせ先などのご対応を当社が行う予定です。現在、大正大学さまもネットワーク回線のトラブルなどが起きた場合のご対応などについて詳細を協議されているようです」
――大正大学のほか、貴社のシステムを利用される大学はございますか?
「大学入試に関しては6校ほどご利用予定です。1月以降に行われる一般入試などでの導入を考えて準備を進めています。ただ、コロナの感染状況がそれほど拡大しなかった場合は、システムをご利用せずにこれまで通りの会場試験になる可能性もあります。入試日の1カ月前までには、ご判断していただくようお願いしているところです。このほか、来年度以降への導入を検討している私立中からも問い合わせがありました」
全ての不正を見抜くことができるのか?
――今年前半、韓国の大学では学内のオンライン試験で不正行為が相次いだそうです。もし、貴社のようなオンライン試験監督システムを導入していれば、電話やSNSを通じて答えを教え合うといった集団でカンニングするような不正行為については、受験生の不審な動きをAIが検知してくれたのではないかと思います。とはいっても、全ての不正を見抜くということは難しいですよね。
「韓国では有料サイトに投稿する方法でカンニングをする事例もあったようですが、当社のシステムであれば逐一録画しているわけですし、試験以外の画面を出したらアウトです。このようなシステム上での不正行為は見つけられると思います。今後も、より厳格なチェック体制を目指しており、特定の画面(試験画面等)だけを開かせるモードの搭載や、試験実施前に受験者の方にカメラで机の周りを撮ってもらうというフローなども準備しています。あるいはパソコンやスマートフォンなど複数のディバイスを設置してもらい、数カ所から試験中の様子を映すといったことも検討中です。
とはいうものの、限界はあります。例えば、極端な話ですが、試験が始まってからこっそり誰かが部屋に入ってきて、カンニング模造紙みたいなものを監視カメラが届かない場所に掲げられてしまえばAIによる検知は難しいかと思います。模造紙を見ながら試験を受けている場合、目線が多少上下したとしても受験生本人が「やっていない」と言い張れば、証拠が残らないので、防止できない可能性があります。ありとあらゆることを100%防ぐことは難しいですが、できる限り100%に近づくことは可能だと思っています」
――確かに、会場で行われた試験で全ての不正を見抜くことができるのかと考えると、それも難しい話ですよね。試験会場の場合、常に受験生一人ひとりの動きを試験監督が監視しているわけではありませんし、不正を見つけたとしても証拠がないと指摘しづらいのでは・・・。
「そうです。システム導入の件で、いろいろな大学の方々とお話ししていて、同じようなことをおっしゃっていましたね。大学入試などの重要な試験であればあるほど、証拠がなければ罰することができないわけです。疑わしきは罰することができません。例えば、隣の人の答案をのぞいていたとしても、録画しているわけではないので証拠が残りません。試験監督がそれを指摘して、本人がやっていないということになればそれで終わりです。
ですので、かえってオンライン試験監督システムであれば一人ひとり監視しているという時点で、既存の集合型の試験よりもセキュリティレベルが高いと、評価をいただいている大学の担当者の方もいらっしゃいました。また、システムで一人ひとりが監視されていると分かっていれば、受験側も不正しづらい面もあり、抑止力にもつながるのかなとも思います」
オンライン入試は普及していく? デジタル庁に期待
――海外の中には大学入試でオンライン試験を実施しているところがあるようですが、日本でも試験監督システムが確立していけばオンライン試験も普及していきそうですね。
「アメリカの大学ではオンライン監督システムを使った在宅オンライン試験を実施しているところがほとんどです。大学入試のような重要な試験でも導入され、普通に使われています。日本でも学校の授業でパソコンやタブレットを普通に使える状況になれば、オンライン入試の導入も加速してくると思います。まさに文科省が『GIGAスクール構想』を打ち出して動いており、1人1台コンピューター端末環境を学校のスタンダードにしようとしているところです。それが実行されれば、一気にオンライン試験も広がっていくと考えています。学校のICT環境整備など課題は山積みですが、菅政権となった今、デジタル庁もできましたし、期待しています」