私が獣医師ですというと「動物が好きなのねー」と言われることが多いのですが、そのとき内心はいつも困惑しています。
「動物は、嫌いじゃないですけど...」
獣医師は、動物が好きなだけでは出来ない職業だと思っています。また、動物に関係する職業は、獣医師以外にたくさんあります。そして、獣医師のお仕事は、動物病院のお医者さんだけでもありません。
獣医師の友達にこの話をすると、「動物が好き過ぎると、獣医師の仕事は出来ないよねー」と言われました。
「だって、入院している動物がいたら、大丈夫か心配で心配で夜も眠れなくなるし。安楽死をお願いされたら、辛いし」
なるほどね。
また、動物病院の獣医師をやっていると、
「動物が大好きな娘を獣医さんにさせたいのだけど、どうしたらいいのか?」
「うちの子、動物が好きだから将来獣医さんなんてどうかしら?」
「高校生の息子が獣医になりたいというので、メールで相談にのってくれないかな?」
といったお話をこれまでたくさん受けてきました。
しかし、実際に獣医になった子は、残念ながらいまのところひとりもいないのです。
理由は、獣医のお仕事をみて大変だと感じて諦めたり、他のお仕事に興味が移ったり、学力の問題や学費の問題で諦めてしまうようです。獣医になるには、大学に6年間行かなければならず、私立大学ですと学費の問題は深刻です。
◇ ◇
小学5年生のAちゃんは私の友達の子供ですが、彼女もそのひとりです。動物が好きなので獣医さんはどうかな?と考えているちびっこです。
お母さんからは、仕事の大変な部分を教えてやって欲しいと注文されましたので、獣医って大変だよ。3Kだよ(3Kとは「きつい」「きたない」「危険」な職業のこと)。犬猫の排泄物まみれになるし…とお話ししました。
しかし、その話に全くたじろがないAちゃんは、夏休みに、私の勤務している動物病院に見学に来られました。
とてもラッキーなことに、その日は実にいろいろな動物が来ました。
自力で排便できないために毎週病院でカンチョーしてもらっている猫、入院して間もなく亡くなってしまった老犬、交通事故に遭って運び込まれた猫…。
午前中の最後は、Aちゃんが診察室で立っていたら犬に足をあげてオシッコをかけられ、終わりました。
午後からは、犬のお腹の中にできた、赤ちゃんの頭くらいの大きながんの摘出手術でした。血だらけの「がん」が取り出されるところを、Aちゃんは冷静にみていました。
私が小学校5年生のときに動物病院に見学に行っていたとしたら、Aちゃんのように落ち着いてみていられたかな。当時の私だったら、いろいろなことに驚いて、心臓バクバクになってしまっていただろうと思いました。
◇ ◇
どんな人が動物病院の獣医師に向いているのか。これは、いろいろな獣医師がいて当然なので、一概には言えないとは思います。
大出血しているのを見て失神してしまうからと言って、向いていないということもありません。そのような人は、血をみないでじっくり飼い主さんとお話する内科など、血をみないで済むような分野の専門獣医師を目指すなど、道はあります。
私が仕事をしながら思うのは、動物病院の獣医師は生涯勉強するのを苦と思わない人間でないといけないと思っています。医学や獣医学は、日々進歩しており、10年前に一般的であった治療の中には、今では全くしなくなったという治療もあります。自分を常にアップデートしなければなりません。
しかし、勉強だけでなく、飼い主である人間とうまくコミュニケーションすることもかなり大切です。飼い主さんの中には、最新の治療を望む方もいれば、自分のできる範囲での治療を望む方もおられます。その動物にとって、最新の治療がベストとも限りません。いろいろな可能性を考えて、飼い主さんとしっかり話し合って、治療を進めなければなりません。
最後に、とっさの判断力・決断力は優れていたほうがいいと思っています。一刻を争う状況で、いろいろな可能性を素早く予想して、最善の治療を行う…迷っている時間はありません。
◇ ◇
ということでいろいろ考えてみましたが、さてAちゃんは獣医師になるという目標を、ブレずにずっと持ち続けることが出来るのでしょうか? Aちゃんのお母さんに「どうすれば獣医の大学に入れるの~?」と言われたのですが…。
そりゃあもう…勉強するしかないでしょう!