世界が驚いた感染者ゼロ地域「どうして?」 岩手県・達増拓也知事に単独インタビュー【1】

渡辺 陽 渡辺 陽

「この日本の地域にはコロナウイルスはありません」―。米経済紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」が5月15日付でそんな見出しとともに岩手県の新型コロナウイルス感染者が0人であることに着目し「100万人以上の1つの地域が無傷で残っています」と伝えました。感染を食い止めることができたのは、地理的要因、人口密度の低さ、はたまた運の良さや偶然という言葉だけでは説明がつきません。「県民の命と健康を守り、社会・経済への影響を最小限にとどめる」対策とは何だったのか。第2波が懸念されているなか、まいどなニュースは岩手県の達増拓也知事に単独インタビューを行いました。

東日本大震災の教訓

――2020年2月7日に県新型コロナウイルス感染症対策専門委員会を設置するなど、早期に対策を実行されていますが、それはなぜでしょうか。東日本大震災の教訓とは関係があるのでしょうか。

達増拓也知事(以下、達増知事) 岩手県新型コロナウイルス感染症対策専門委員会は、医師会の代表や病院会の代表、保健所の代表、県の検査センターなど、非常に重要なメンターで構成されています。何かあった時には各界の代表、すなわち専門家の代表に集まってもらいました。

東日本大震災の時にも、県東日本大震災津波復興委員会を立ち上げるにあたり、商工会議所連合会の会長や農協、漁協、森林組合の組合長や会長、医師会の会長、銀行協会の会長に集まってもらいました。何かあった時には、それぞれの団体や組合の長、専門家など、それぞれの分野の代表に集まってもらい、知恵を出していただきました。

有事の時は、それぞれの団体単位で動いてもらうことが多いので、危機管理の時にそういうやり方をするのがレガシーとして残っています。

感染症対策への県民意識の底上げが功を奏す

――東日本大震災の時にICAT(アイキャット:感染制御支援チーム)を設置されていますが、ICATの存在も影響したのでしょうか。

達増知事 ICATは、まさに感染症対策専門チームです。東日本大震災は大災害だったので避難所に人がいっぱい集まりました。インフルエンザの流行やコレラや赤痢の発生や広まりが懸念されたので、避難所の感染症対策のためチームを結成したのです。岩手医科大学の感染制御部長 櫻井滋教授は、そういうことが専門で熱心に動いてくれました。

震災以降も岩手の沿岸部は、平成28年の台風10号、東日本台風と名付けられた大型台風に繰り返し襲われ、被害を受けたため避難所を作ったのですが、ICATが感染症対策に奔走してくれました。 

去年も市町村に感染対策の指導をしていて、それがコロナ発生後に、それぞれの現場できちんとした感染症対策の取組をするのに役立ったのではないかと思います。

――高齢者や障がい者など社会的弱者への感染症対策は見過ごされることが多いように思うのですが。

達増知事 ICATは高齢者や障がい者のみなさんの施設でも感染症防止のアドバイスをしています。新型コロナにおいても青森県の施設内感染の対策の応援に行った実績もあります。そういうチームが岩手にいたというのは、非常に有意義だったと思います。

――平時から住民に感染症予防指導をしてきたので、岩手県民全体の感染症に対する意識が高かったのではないでしょうか。

達増知事 そうだと思います。東日本大震災の直後、海に直接面していない内陸の市から沿岸四市町村に、どんどんおにぎりを握っては避難所などに持って行く活動をしていたのですが、県の保健所から「感染症対策を忘れずに、できれば手袋をつけて握ってほしい。」とアドバイスしたところ、その市から「この非常時に何を言っているんだ」と県が怒られてしまったのですが、東日本大震災の、切羽詰まった状況の中でも、感染症対策のことを考えていたという経験は、その後も活かすことができています。

――いきなり感染症に向き合った人に比べて、県民の感染症リテラシーが高いのでしょうか。

達増知事 震災の時に岩手内陸のほうから沿岸部にボランティアに入ってもらっていたし、最近の台風災害や洪水、土砂崩れがあるたびに内陸や盛岡など大きい都市からボランティアに行く人もいます。土砂崩れの後は消毒剤を撒くのですが、そこで舞い上がる埃を吸っただけで感染することがあるため、ボランティアの皆さんはちゃんとマスクをします。そうした経験が活きていると思います。

礎となったジョンズ・ホプキンス大学での学び

――東京大学をご卒業後、外務省に入省され、米国ジョンズ・ホプキンス大学国際研究高等大学院に2年間留学されましたが、その時学ばれたことは、今回の対策や危機管理に役立ちましたか。

達増知事 ジョンズ・ホプキンス大学は、米国で最初の公衆衛生の学部ができて以来、公衆衛生に関してナンバーワンの大学なのですが、私は公衆衛生学ではなく国際関係論を学びました。

ただ、ジョンズ・ホプキンス大学には新渡戸稲造博士も入学していたので、新渡戸稲造学位取得100周年を祝う行事に出席するために、盛岡市から一行が大学を訪問したのです。その時にお手伝いをしたので、岩手医科大学とジョンズ・ホプキンス大学医学部が協力していることを知り、医学や公衆衛生学が大事なんだなと感じました。

国際関係論は、カーター大統領の時に安全保障問題担当大統領補佐官だったブレジンスキー教授に師事しました。ブレジンスキー教授から危機管理について教わったのですが、アメリカ大統領の補佐官になったつもりで、さまざまな問題への対処法を考えるように言われました。危機管理の方法についてきちんと習ってきたところはあります。

◆達増拓也(たっそ・たくや)1964年6月10日生まれ。岩手県盛岡市出身。東京大学法学部を卒業後、1988年に外務省入省、91年米国ジョンズ・ホプキンス大学国際研究高等大学院修了。衆議院議員(連続4期当選)を経て、2007年岩手県知事、現在4期目。2012年度ベスト・ファーザー イエローリボン賞。尊敬する人物は新渡戸稲造、好きな言葉は「浩然の気」、趣味は合唱、テニス。血液型O。

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