横尾忠則さんが亡き愛猫「タマ」を描いた画集を出版、「感情に動かされない」猫への鎮魂歌

北村 泰介 北村 泰介

 世界的に活躍する画家の横尾忠則さんが、亡き愛猫への鎮魂歌(レクイエム)として、猫画集「タマ、帰っておいで」(講談社)を世に出した。愛猫タマが亡くなった2014年から描いた91点の絵と文章が掲載されている。「家族」を亡くした喪失感、寂しさ、感謝の気持ち、楽しかった思い出…。それは、世の愛猫家にとっても共通した思い。横尾さんは当サイトの取材に対して、今も交信しているタマへの思いを吐露した。

 タマはある日突然、都内の自宅裏庭にやって来て住み着いた。横尾さんは「おおよそ15年の生活を共有したのではないかと思います。性別はメスで、すでに避妊手術をされていたので、飼い猫だったようです」と説明する。

 「猫はみんなわがままです。そこがアーティストの気質と共通するものがあって、猫は自分の自画像でもあります。猫はしたいことはしますが、したくないことはしません。ここは人間と違いますね」。横尾さんは猫の中にいる自分を発見し、同時に、人間社会の不自由さとは無縁の猫に憧れた。

 14年2月下旬、タマが消息を絶ち、1週間後、保護されていた隣家で再会したこともあった。横尾さんは「行方不明の時が一番苦しかったです」という。突然、姿を消した愛猫へのやるせない思いをつづった、内田百閒の「ノラや」とイメージが重なった。

 「内田百閒さんはノラが行方不明になったために、あきらめ切れない苦しみを持たれたと思います。猫の習性を考えるとあきらめられるのですが、小説家でも思想のように感情をコントロールするのは難しいのです」。生きているとも死んでいるとも分からない状態が苦しいのだ。横尾さんは「死が現実になってからは苦しみというより病状のタマが死によって救われたことに救済を感じました。タマも同様でしょう」と指摘した。

 タマは同年5月30日の深夜に死去。横尾さんは翌朝6時から亡骸を描いた。その後も約100枚のスナップ写真を資料に描き続けた。「絵はキャンバスにアクリル絵具と一部油絵具で描いたのもあります。発表するつもりで描いていません」。今回発表したのは「たまたまアトリエで見た人達によって、画集や展覧会の希望があったので、まあ、供養にもなるかなと思って」と明かす。

 愛猫の死から6年を経て生まれた本作。「この絵はアートではない。猫への愛を描いた」。タマが亡くなった年の夏、そう定義付けた横尾さんに対し、来訪していた友人のオノ・ヨーコさんは「それこそアートじゃない!」と核心を突いたという。

 「6年が全部タマとの時間でもあった。タマの死は自分の死でもあったように思います。タマがあっちに行けば自分もあっちに行っているような気持といえばいいんですかね。タマは生前中から波動で交流していたので、考えとか言葉ではなかったように思います。あの世のタマは、ぼくの心の呼び掛けで夢というツールを通して応えてくれていましたが、それも最初の内です。今はいい意味で両者とも空気で混ざり合っている感じかな?今はタマの絵は描いていませんが、描き始めると、タマはキャンバスの中に『存在しているよ』と言うでしょうね」

 本書は「タダノリ君へ」と題したタマのモノローグで締められる。「君は私の飼い主と思っているけれど私からすりゃ君は私の同居人なのよね」。そう、タマは言うのだ。横尾さんは「感情に動かされないのが猫です。人間はその反対、そんな猫になって人間を見た文です」。最後にタマから送られた言葉「タダノリ君、猫のように生きてください」については「自然という一言」と解釈した。

 4月1日から開催予定だった東京・日本橋での同作の展覧会はコロナ禍のために延期された。横尾さんは「コロナウイルスは人間に対する天、自然、宇宙、神の視点からのメッセージのように思います」と受け止め、「タマを描くことはタマを通じて肉体と魂の命への鎮魂歌(レクイエム)の内なる反復のような気がします」と祈りを込めた。

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