新型コロナウイルスが世界規模で感染拡大する中、この展開を予測していたかのような小説「首都感染」がいま注目を集めている。10年前に刊行されたが、筋書きがあまりにも“酷似”しており、まさに「予言の書」。講談社は1万4000部の増刷を決めた。先行きが全く見通せない中、いまの状況をどう思っているのか。筆者の高嶋哲夫さん(70)に直撃取材した。
コロナ禍は新たな局面を迎えている。世界保健機関(WHO)は猛威をふるう新型コロナウイルスに対し、世界的な流行を意味する「パンデミック」とようやく認定。国内では、その対策とし「緊急事態宣言」を発令できる法案まで可決された。
取材したのはWHOが「パンデミック」と宣言した翌日。神戸市内にある高嶋さんの書斎を訪ねた。
「ちょっと遅いですね。あの事務局長は不適格。WHOの対応は悪すぎます。権威ある機関が決断しないと、各国の対応が遅れてしまう」
いま最も恐れているのは、アフリカ諸国の中で爆発的に感染が拡大した場合だと言う。
「医療、検疫の面などで1国ではとうてい制御できくなる。これを教訓にして世界レベルで取り決めをして、どこで何人以上の感染者が出たら封鎖するなど、マニュアルを決め、国単位で応援する仕組みをつくる必要があるでしょう」
高嶋さんが「首都感染」を著したのは10年前。石油生成菌にまつわる小説「ペトロバグ」を書いている際、調べ物をしている中でパンデミックという言葉を知ったことがその後の構想につながった。
「それが20年ぐらい前。SARSが発生するよりも前です。パンデミックという言葉はほとんど知られていなかったのですが、その後、SARSが発生。ますますグローバル化が進む中で感染が広がった場合、どうなるかを書きたかった。再び本が売れるのはうれしいですが、いまの状況をみると複雑な面もあります」
物語は20XX年、中国でサッカーW杯が開かれ、中国が決勝へ進出。時を同じくして、中国の僻地で致死率60%の強毒性インフルが発生する。中国政府は隠蔽しようとするも感染は拡大し、大会は中止。世界中から集まっていたサポーターが帰国し、パンデミックが発生するという流れだ。五輪を控えた日本も気が気ではない話ではないか。
小説の中では感染拡大を阻止するため、時の総理大臣が大活躍。「東京封鎖」という大英断を下し、やがて…。しかし、実際は小説のようには運ばない。政府の対応は後手後手で方向性がズレている印象を持たれているようだ。
「私からみると、騒ぎすぎ。その割りには入国規制は遅かった。幸いなことに小説では致死率60%ですが、今回のウイルスはWHOによると3%ほど。年齢にも偏りがあり、高齢者が重症化しやすい。感染者、死者の数よりもウイルス自体のデータや、どいう状況で亡くなったかなどを重視する必要がある」
さらに、政府の危機管理能力のなさも指摘した。
「すべて準備不足。人々は放射能もそうですが、見えないものにはパニックに陥りやすい。だからトイレットペーパー買い占めのようなバカげたことが起こる。大切なのは怖がるべきところで怖がること。政府は正確な情報を伝え、人々をむやみに怖がらせないことです」
ちなみにセンバツ中止については「室内での密閉された空間ではない。やっても良かったんじゃないか」との見解だった。
そんな高嶋さんは、これまで「首都感染」以外にも「TSUNAMI」「東京大洪水」などの“予言書”を著した。最近では東京一極集中、地方創生、少子化などの問題を解決するため、新しい国の形が必要だとして岡山に首都を置いた道州制を提言する「首都崩壊」という作品も出している。道州制実現という意味での「首都崩壊」は悪くないが「富士山噴火」だけは当たってほしくない。
「予言書と言われているようですが、これらは純粋に科学に基づいて分析し、最後は推測として起きるかもしれないこと書いたもの。今回の全校休校、道州制ならまた違った対応ができたはずです。いまの都道府県は江戸時代の延長。時代にそぐわない。古すぎます」
元原子力研究所研究員だけあって、理系分野に造詣が深いが、ミステリーをはじめ青春小説、時代小説とジャンルの幅は広い。危機管理小説の第一人者、あるいはパニック小説と評されることもあるが、専門的なことを分かりやすく伝える「アウトリーチ小説家」でありたいと願う。
「20代後半のとき、自分の頭では学者になれないと思った。作家になったのはたまたま。地震、津波、台風、豪雨など自然災害を書くきっかけは阪神淡路大震災を目の当たりにしてからです」
次回の作品は米トランプ大統領の政策に対峙し、世界の難民問題の解決を提示する大作「The wall(邦題・紅い砂)」を予定。日本語版は4月8日に幻冬舎から発売される。英語版はアメリカで発売を予定しており、そのためクラウドファンディングを募集してもいる。
「夢はハリウッドでの映画化。壁をつくるのではなく、心の壁まで取り払おうという思いです」
世界へ向けて強く発信。こんな“パンデミック”は大歓迎されるだろう。