夜の満員電車。あなたはドアに荷物が挟まってしまい、自分の力では引き抜けなくなりました。いやはや、困りましたね。…幸い、近くにはSOSと書かれた非常ボタンがあるようです。そこには「非常の場合、上のボタンを押してください。マイクで乗務員と通話することができます」とも書かれています。さあ、あなたはこのボタン、押しますか?というか、このボタン…押したら何が起きるのか、知っていますか?
◇ ◇
関西在住でJR西日本を利用している男性の体験談です。JR大阪駅から新快速に乗った際、荷物の金具部分がドアに挟まれ、どうしても取れなくなってしまったそうです。駅につくたび開くドアはなぜか反対側ばかり。尼崎、芦屋、三ノ宮、明石…と西へ西へとひた走る電車。荷物を残して降りるわけもいかず、自分がどこまで行くのか、だんだん不安になってきます。
焦り始めた男性は、電車の最後部にいる車掌さんのところまで行って相談しようとしましたが、車内も混んでいて簡単に移動できません。そこで、手持ちのスマホでJR西日本の「お客様センター」に電話をかけてみたそうです。すると、こんな指示を受けました。
「車内にある非常ボタンを押して、乗務員に相談してください」
車内前方に見つけたSOSと書かれた真っ赤なパネル。そこに非常ボタンはありました。…しかし本当にこんなボタンを押してもいいのだろうか。躊躇する男性。でも、お客様センターの人も押して大丈夫だといっていたし…。
「まあ、車掌さんが『もしもし』みたいに出てくれるんやろうと思って。『ポチッとな』と頭で効果音を付けてボタンを押し込みました」
ところが、その瞬間…ぎぎぎぎぎーっ!…なんと急ブレーキが。電車は緊急停止してしまったのです!
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「そこからは地獄のようでした。当方46歳。こんな大変なことをしでかすとは」
頭が真っ白になりながら、懸命にマイクに向かって説明したところ、スピーカーからは乗務員が向かうとの返事がありました。
「しかし…もう、一日千秋ですよ。とにかく、待っているのが恥ずかしい。周りの人に大きな声で、すみません、すみません、こんなことになるとは思わず…と謝りました」
その後、車掌さんではなく、運転手さんが乗客をかき分けかき分けしながら登場。ドアを少しだけ開けてくれて、無事脱出できたそうです。次の西明石駅には8分遅れで到着しました。
男性は今も自問自答しています。「まさかボタンを押して電車が緊急停止するなんて思わなかった。自分はあのボタンを押して本当によかったのだろうか」
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というわけで、あの「車内非常ボタン」はどんな時に押してもいいのでしょうか。JR西日本の広報担当者に聞きました。
―非常の場合に押すといわれても、どんな場合が非常なのか、よく分からなくて…。
「ドアに傘などを挟んだまま列車が動き出した時、車内で痴漢や暴力など犯罪行為を目撃した時、急病のお客様がいらっしゃる時をはじめ、そのほかでも異常を乗務員に伝えたい時に押していただきたいです」
―ちなみに、今回の男性のように荷物がドアに挟まれ、降りれなくなったというのは「車内非常ボタン」を押して問題はなかったのでしょうか。
「問題ありません」
―でも、あのボタンを押してまさか電車が止まるとは思っていなかったみたいですけど…。
「車内非常ボタンが押されると、走行中の列車は緊急に停車し、乗務員が状況を確認して対応することになっています。JR西日本では、国の定めに応じて、緊急停止することを車内のルールで定めています」
―でも、電車が緊急停止しちゃうと、とても大変なことをしてしまったと感じませんか?私だったら怖くてなんか押せないかも…。
「緊急を要する場合は、ためらわずに車内非常ボタンを押してください。電車は止まりますけど、それだけで怒られるとかということはありません。もちろん、お酒を飲んでいたずらで押した…とかはだめですけど。ですから、必要があれば押してください」
―みだりに取り扱うと法律で罰せられると聞いたことがあるのですが…。
「車内非常ボタンではありませんが、2019年11月に、走行中の山陽新幹線の車内で2回にわたって非常用ドアコックのふたを開け緊急停車させた事象で、威力業務妨害の疑いで逮捕されるケースがありました」
―素朴な疑問なのですが、電車を止めずに乗務員の方に相談することはできないんでしょうか。
「緊急を要さない場合は、車掌が電車の最後尾にいますので、お越しいただければ。満員電車で難しい際は、駅で降りた時に乗務員のところまできて声をかけていただくか、駅係員にお申し出ていただければ…。ただ、駅係員だと乗務員に情報が伝わるまで時間をいただくことにはなります。また、車掌も運転士も電車を安全に運行させる役割がありますので、いつでも気軽に声をかけてください…とはいえない立場にあります。車掌も、ホーム等の安全確認をしていたり、ドアの開閉作業をしている時は、対応できない場合もありますのでご了承いただきたいです」
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なお、国土交通省鉄道局によると、車内非常ボタンを押した時にどのような対応をするかは、鉄道各社が路線の状況などをかんがみてベストな選択をしているといいます。たとえば地下鉄や新交通システムでは、乗客が線路に降りると危険なため、緊急停止しないようにしていることが多いとのことでした。