36人の優れた和歌の詠み人である「歌仙」を描いた、鎌倉時代の絵巻『佐竹本三十六歌仙絵』。歌とともに歌仙たちをリアルに描いた、この国宝級の傑作絵巻は、時代に翻弄されるかのように分断され、流転した。その悲劇の絵巻と、そのドラマを巡る展覧会が「京都国立博物館」(京都市東山区)で11月24日まで開催中だ。
日本美術の救世主!? 切断絵巻に群がった富豪たち
旧秋田藩主・佐竹侯爵家に伝わった通称「佐竹本」は、大正6年に売りに出された。価値は国宝級だけに、ついた値段は、現在の貨幣価値で数十億円ともいわれる。1人の買い手では高価すぎて購入が難しい。そこで、経済界の重鎮で茶人の益田鈍翁(どんおう)が呼びかけ、絵巻が分割され共同購入されることになった。絵巻の断簡を手にしたのは、住友財閥の住友吉左衛門、野村グループの創業者・野村得七など、経済界の大物たち。
いずれも美術コレクターとして名をはせる富豪だ。しかし、彼らの「美術品買い」には、巨額のアート購入で注目を浴びる現代の富裕層とは違う思いがあった。実は当時、武家階級の没落や廃仏毀釈で、多くの古美術品が海外市場に流出。富豪たちはそれを憂い、買うことで文化財を国内に止めようとしたのだった。分割されることで海外流出を守られたとは皮肉な話だが、さらに世間に衝撃を与えたこの「絵巻切断事件」は、のちの文化財保護の論議を呼ぶことになった。
「絵巻切断」を主導した益田孝(鈍翁・どんおう)は実業家にして茶の湯界のドン。鈍翁のような茶の湯愛好家の財界人、すなわち近代数寄者たちは、武家や寺から売り出された文化財を収集し海外流出から救った。それまで茶室の飾りには用いなかった仏画や仏像を茶道具にして、美術品としての価値を高めたのも鈍翁だ。
華麗なる、表具スタイリングの競演
分割された絵巻たちは、掛け軸にされて、「茶掛け」として珍重された。当時の財界人の社交といえば茶の湯。茶室は彼らの財力とセンスを競い合う場でもあった。手に入れた名品を茶室の掛物として披露するため、所有者たちは表具に力を注いでいる。
表具は作品を保護するだけなく、使う裂の取り合わせで、書画を引き立てる。それは「絵にどんな着物を着せるか」というスタイリングだ。さらに、選んだ裂の文様や背景で、書画のメッセージを何倍にもふくらませることもできるのだ。こうなると、表具は作者と所有者の、時空を超えたコラボレーション。展覧会にずらり並んだ歌仙絵の掛軸は、絵の外側にある日本美術の醍醐味、表装という芸術も見どころとなっている。
上の写真は、吉野山の雪を詠んだ歌に合わせて、雪山を描いた中世の絵画を切り取って表具にしためずらしい例。季節感が大幅に増している。軸先(下端の左右にでている棒)には細かな蒔絵が施されていて、隅々まで贅沢な仕立て。以下、美しく表装された絵巻を紹介。上下の裂地に扇を散らしたダイナミックなデザインを採用した紀貫之の絵。能装束だった唐織を使っている。また、蝶々がかわいい、上下の裂地は色、デザインのモダンさに目を奪われる。
歌仙たちの生きた王朝文化に浸る
この展覧会では、分割された「佐竹本」の37件中31件が集まり、過去最高となる。1986年に「サントリー美術館」で開催された展覧会では37件中20件が出品された。「切断」から100年たち、持ち主を転々としている絵巻のうち、「今回は何点集まるか?」は美術関係者の大きな関心事だった。過去最大数の出品を目指し、ギリギリまで学芸員さんたちの努力が続けられたようで、2019年2月時点では「27件」という発表があり、最終の31件という数字には、驚かされた。これは奇跡の再会といっていいでしょう。
絵は、百人一首のリアル版を見るよう。人物の表情や装束を緻密に描いていて、色彩も鮮やか。鎌倉時代に描かれたとは思えないほど保存状態もすばらしい。絵に添えられた和歌をひとつずつ、展示ケースに説明してある配慮にも、作品への愛情を感じた。
同時に、歌仙絵の源となった平安時代の王朝文化も紹介。王朝美術の至宝である国宝《三十六人家集》や重要文化財《寸松庵色紙「ちはやふる」》など国宝、重要文化財約70件を含む140件が並ぶのは「京都国立博物館」ならではだ。音声ガイドのナビゲーターには、アニメ『ちはやふる』の声優が登場する。
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特別展『流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美』 https://kasen2019.jp/
期間:2019年10月12日〜11月24日 ※会期中、一部の作品は展示替えがおこなわれる