1型糖尿病患者の“救世主”になれるか 元保護犬がヒトの命を救う低血糖アラート犬に

岡部 充代 岡部 充代

 犬の嗅覚は人間の100万倍とも1億倍とも言われています。その鋭い嗅覚を使って仕事をする犬としては警察犬、災害救助犬、麻薬探知犬などが有名ですが、今、日本初となる「低血糖アラート犬」が育成されています。

 低血糖アラート犬とは、1型糖尿病患者が低血糖状態にあることを呼気や体臭の変化からかぎ取り、飼い主に知らせてくれる犬のこと。「糖尿病」と聞くと、遺伝や生活習慣の乱れが関係していると思われがちですが、それは2型で、1型は主に自己免疫によって起こり、小児期に発症することが多い病気です。糖の吸収に必須となるインスリンが分泌されないため、発症すると、生涯にわたって毎日数回、血糖測定を行い、自己注射等によるインスリン補充を続ける以外に治療法はありません。

 そのインスリン補充の“副作用”といえるのが低血糖で、血糖値が下がり過ぎることで頭痛や目のかすみといった症状が表れ、さらに下がると昏睡に陥り、最悪、死に至る場合もあります。初期症状を自覚できれば糖分摂取で対応可能ですが、怖いのは「無自覚性低血糖」。患者や周囲が気づかないまま血糖値がどんどん下がってしまうからです。

 そうなる前に、患者の低血糖状態を探知して知らせるのが「低血糖アラート犬」。欧米ではすでに活躍している犬もいて、日本でも早期の実用化が望まれています。

 

 低血糖アラート犬の育成に取り組んでいるのは、1型糖尿病患者と家族を支援する認定NPO法人『日本IDDMネットワーク』と、殺処分ゼロを目指して犬の保護・譲渡活動を行い、かつ災害救助犬やセラピー犬の育成もしている認定NPO法人『ピースウィンズ・ジャパン』(犬に関するプロジェクトの名称はピースワンコ・ジャパン)。殺処分を免れ、ピースワンコに保護された犬の中から2頭が候補犬に選ばれ、2018年3月から訓練を受けています。

 候補犬の1頭はアニモ(オス・2歳)。母犬のお腹にいる状態で保護され、5きょうだいで生まれましたが、早産だったこともあり、翌日まで生き残ったのはアニモだけだったそうです。母犬の飼育放棄により、ピースワンコの大西純子さんが哺乳瓶でミルクをあげて育てました。大西さんは災害救助犬のハンドラーであり、アニモの訓練も担当しています。

 もう1頭はアロエ(メス・1歳)。乳飲み子のときに4きょうだいで保護され、うち3頭は里親さんのもとへ。残ったアロエは適性ありと判断され、家庭犬訓練士であり、大西さんと同じく災害救助犬のハンドラーでもある佐藤委子さん(tomoドッグスクール代表)がトレーニングしています。

 なぜ、この2頭が候補になったかといえば、「オヤツやオモチャといったご褒美への“欲”があり、赤ちゃんのときから人の手で育てられてきたことで、人間社会に慣れているから」(大西さん)。低血糖アラート犬は患者さんと共に暮らす家庭犬となるのです。

 

 低血糖アラート犬は患者の呼気や体臭の変化をかぎ分け、低血糖状態であることを探知します。そのため、訓練では様々な血糖値のときの呼気サンプルを収集し、ニオイが薄れてしまわないよう特別な機器で液体にして保存。その呼気サンプルを使って「ノーズワーク」と呼ばれる鼻のトレーニングを繰り返し、徐々に精度を高めていくそうです。

 アニモはこの夏、譲渡先に決まっている熊本県の佃莉杏(りあん)ちゃん(11歳)の家に約2週間滞在し、実際に何度か“アラート”(低血糖を知らせること)に成功しました。

「最初の日の夜中に、アニモが私や主人をペロペロなめに来たんです。アラートするときには手でカリカリすると聞いていたので、まさかと思ったのですが、測ってみると血糖値が少し下がっていました。そのあとも何度か知らせてくれたんですよ。寝ているときに反応してくれるのが一番助かりますね」(母・京子さん)

 普段、アニモと一緒に生活している大西さんによれば、「いつも“ヘソ天”で寝ていて、夜中に起きることはない」と言いますから、アニモは莉杏ちゃんのためにしっかり“仕事”をしたことになります。

 アニモもアロエももう少しトレーニングが必要ですが、来春には譲渡され、その後は患者さんご家族と一緒にトレーニングを継続していくそうです。

 

 ピースワンコに保護されなければ殺処分されていたかもしれない犬たちが、ヒトの命を救う役割を担おうとしています。アロエの譲渡先である山本海徳(かいと)君(7歳)の母・麻未さんは、「命の大切さを知る意味でも、海徳にとってとてもありがたい、素晴らしい経験になると思います」と話してくれました。

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