ビルの側壁に貼り付いた「家のおばけ」が出現したワケ…実は期間限定だった

北村 泰介 北村 泰介

 東京都内に「もう無い家のおばけ」が出現したという噂を聞いたのは夏も終わりの頃だった。SNSで話題になっているという。「なんのこっちゃ?」と思いながら、ツイッターに投稿された画像を確認すると、ビルの側壁に「家の形をした影」がくっきりと貼り付いていた。何はともあれ、実物を確認しないことには話にならない。場所が特定できないまま、わずかな情報を頼りに探し求め、地元住民から真相を聞くことにした。

 消滅した家屋が俗世への未練を断ち切れず、「思念」としてビルの側壁に焼き付いたのか。ツイッターでは「怖い」「おうちだっておばけになる」「かげおくりみたい」といった感想のほか、「立派なトマソンだ」というコメントが目についた。前衛美術家にして芥川賞作家(筆名・尾辻克彦) の赤瀬川原平氏らが提唱した「超芸術トマソン」という概念に含まれる物件というわけだ。

 「壁でふさがれた扉や窓」「階段を上った先が行き止まりで、ただ上下するだけの純粋階段」…。不動産に付属した、実用性のない無用の長物を意味する芸術概念「トマソン」。その名称は1981~82年、期待されながらブンブンと三振の山を築いた元巨人の米国人選手に由来する。その〝トマソン物件〟の中には、建物などの痕跡が壁にシルエットとして残った「影タイプ」というものがあり、この「もう無い家のおばけ」は同タイプに該当する。

 さっそく捜し歩いた。ご近所に配慮して、SNSでも地名は特定されていない。当たりを付けたのは都内東部にある下町エリア。地下鉄の駅から地上に出てすぐにある大通りを進み、約30分間、路地もくまなく探したが見つからない。それで逆方向に行くと、大通りに面した分かりやすい場所に、その物件はあった。

 屋上部分を含む5階建ての古いビルには、側壁の2階部分まで、緩やかな傾斜の屋根があったのであろう日本家屋の黒い影がくっきりと映し出されていた。当該ビルの関係者らに話を聞いた。

 「もとは長屋で、戦後すぐに建った家でした。かなり古いお家でしたよ。今年初めまでありました」。何十年もこの家を見てきた年配の女性は、当サイトの取材に対してそう証言した。70年以上に渡ってこの場所に立っていた家で、今年初めに解体されたのだという。

 戦時中には米軍機による空襲で甚大な被害が出た区の1つだけに、敗戦後の焼け跡から復興へと向かう昭和20年代の前半に建てられたのだろう。それが平成最後の年に解体された。戦後、その家の形のまま影がビルの壁に残されたのだ。

 「見学に来られたり、写真を撮っている方がいますね」。地元住民は最近の変化に気づいていた。SNSで知った人たちらがインスタ映えする画像を撮っているようだ。

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