京都市中京区烏丸通夷川上ルの京都新聞社本社向かいに、一風変わった建物がある。今年4月中旬に閉鎖された金光教の旧烏丸教会。「金」の字をあしらった紋章や左右非対称のデザインも印象的だが、とりわけ目を引くのが屋上に載った巨大なコンクリートの構造物だ。丸みを帯びた形は船のようにも、雲のようにも見える。そんなミステリアスな建物が近く老朽化で取り壊される。現存しているうちに構造物に込められた意図を確かめようと、関係者を取材した。
教会が建てられたのは1971年。鉄筋コンクリート造り5階建てで、中に神殿や会堂、教会長の家族が暮らす居住部分などがある。構造物は幅10・7メートル、奥行き5・6メートル、高さ7・5メートル。中は空洞でボートのような形状をしている。
構造物のいわれを教会の高橋重幸副教会長に尋ねると、「宗教的な意味はもともとないのですよ」と意外な答え。設計者の発案によるものだという。
設計したのは、下京区で建築設計事務所を営んでいた建築家の三澤博章氏だ。高橋副教会長は「世界的建築家のル・コルビュジエが設計したフランスの『ロンシャンの礼拝堂』に似ているし、それをイメージしたのではないか」と推測する。
三澤氏に話を直接聞こうと、教えてもらった事務所の電話番号にかけたものの、現在は使われていなかった。インターネットで調べても分からない。残された手掛かりは、東山区の祇園に三澤氏がほぼ同時期に手がけた建物があるという高橋副教会長の情報だ。天然石や化石の販売会社「ぎおん石」(中京区)の祇園店が入る阪下ビル。宗教施設ではないが、量感たっぷりのコンクリートの屋根をいただいた外観は烏丸教会に似ている。
同社の阪下麻弓取締役に三澤氏の所在を聞くと、「亡くなられました。2年ほど前だと思います」。残念ながら、設計の意図を聞くことはかなわなかった。
阪下ビルだけでなく、本社ビルや東京の銀座店も三澤氏の設計で、店を改装する際にも指示をあおいでいたという。阪下取締役は「妥協を知らない人で職人泣かせでした。でも、建物に長年いると居心地良く感じるんです。サイズや間取りが計算し尽されているからでしょう」と話す。興味深い事実も教えてくれた。「阪下ビルは船をイメージしているそうです。2階は船室、3階はデッキがモチーフです」
では、旧烏丸教会の構造物も船なのか。京都新聞のデータベースを調べると、旧烏丸教会を取り上げた過去記事があった。1991年9月25日朝刊の「たてもの探訪」。構造物について尋ねた取材に三澤氏はこう答えている。「あれは設計の過程で考えたものだが、理屈で説明はできない。見る人が自由に解釈すればよいと思う。金光教の場合、入母屋造りの建物が多いのですが、敷地が狭いので、ああいう形になった」。どうやら、固定したイメージはないらしい。
高橋副教会長も言う。「私も『あれは何か』とよく尋ねられましたが、見る人によって意見は違うんです。アーモンドとか、小銭入れとか、お薬とか。同じ人でも日によって印象は変わる。だから、『そのときどきの皆さんの心の調子を見極めてもらえればいい』と話していました」
名建築も年月には勝てず、老朽化で雨漏りしていたという。教会は近く解体され、敷地の一部は、下京区に移転した京都商工会議所の跡地と合わせ、ホテルが建てられる予定だ。信徒からは「寂しい」と残念がる声も出ているという。
烏丸教会は仮移転先を経て、12月に現在地から少し西側に新築される3階建てビルに移る。どんな建物ですかと高橋副教会長に聞くと、「次はシンプルなデザインです」。