唯一の記憶は高架下で「寝転んでいた」 神戸税関に勤務する記憶喪失の男性の物語

どなどな探検隊

弓場 伸浩 弓場 伸浩

 過去が気にならなかったわけではない。が、ある出来事が神戸さんの心境を「過去よりも未来」に向けるキッカケとなった。施設に通所していた頃の同僚に、神戸さん同様に記憶を失った状態で保護された男性がいた。和歌山で保護されたその男性は地元紙に顔写真が掲載され、北海道から親戚と名乗る人が現れた。ところが親戚に再会しても記憶が戻らず、男性は「オレじゃないんじゃないか」と漏らしていた。その姿を見て神戸さんは「僕だってそうなるかも。過去のことが明らかになるのは大丈夫だけど、自分から積極的に知ろうとは思わない」という心境に至った。

 左半身の麻痺で身体障害者手帳を手にしていた神戸さんは昨夏、障がい者就労移行支援事業所「サンヴィレッジ」(神戸市)の門を叩いた。長期間にわたって未就労の状態が続いており、パソコン事務などの職業訓練やカウンセリングを受けて、就職先を探すためだった。その直前には障害者職業能力開発校にも通った。15年ほど前に半年ほど靴工場で働いていた時期もあったが、その時は肺炎を患い仕事を辞めた。その後は職を探しても、記憶がないため履歴書に「学歴も職歴も書けなかった」。辛かった時期を振り返り「履歴書を見て…驚かれるんです」と時折言葉を詰まらせた。

 昨秋、神戸税関からサンヴィレッジに採用試験の知らせが届き、他の訓練生とともに受験した。面接に同行した同所の橋本聖治さんは「練習はたどたどしかったのに、本番ではしっかりとしていた」と振り返り、税関側も「前向きな性格や社交性が伝わってきた」と高評価。晴れて合格通知を受け取った神戸さんは、今年1月から“故郷”の神戸で税関職員として働いている。

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