交通事故で視覚を失い、嗅覚が衰えてもなお前向きに生きる元保護犬・咲夢(サム)

岡部 充代 岡部 充代

 実は、こもちゃんは脾臓破裂や糖尿病などさまざまな病気を抱えていました。3年前に他界したコーギーのククリちゃんは両方の後ろ足がなく、前足にも奇形が。さらに、泰子さんの母親と姉が飼っているミニチュアダックスは盲目の上にヘルニアを患っており、「障害のある子のお世話には慣れていた」(泰子さん)から、「もっと大変な子を」と言えたのです。

 

 伊藤さんからサブロー君の一時預かりを提案された山本夫妻は、引き受けることにしました。サブロー君は亡くなったククリちゃんに天真爛漫な性格がよく似ていたと言います。ちょっとしたクセも似ていて、勝さんは何度か名前を呼び間違えたほど。視覚を失い、嗅覚が衰えてもなお、サブロー君は明るく前向きに生きていたのです。

 当初は「一時預かり」の予定でしたが、なかなか声は掛からず。伊藤さんから「次の里親会に参加させる」と聞いたとき、泰子さんは「そこで(譲渡先が)決まったらどうしよう」と不安にかられました。それほど、サブロー君の存在は大きくなっていたのです。勝さんと相談し、サブロー君を正式に家族として迎えることにしました。

 そのタイミングで咲夢(サム)君に改名したのは、同じマンションに「〇〇郎」という名前の犬が何匹かいたから。「響きが似ている“キラキラネーム”にしました」と泰子さんは笑いますが、漢字を見れば、つらい思いをしてきたサブロー君の幸せを願った素晴らしい名前であることが分かります。

 

 命を落としていても不思議ではない大事故から1年半。咲夢君は目が見えないことでかえって聴覚が磨かれたのか、今では音にとても敏感です。嗅覚も少しずつ戻っているようで、お土産のオヤツをテーブルの上に置くと、「クンクン」と鼻を近づけてきました。犬本来の鋭い嗅覚を取り戻すことは難しいかもしれませんが、ここまでの回復を見せたのは、伊藤さんと山本夫妻の献身的なお世話があったからでしょう。

 最後にあえて、「一緒に暮らして大変なことは?」と尋ねると、泰子さんは微笑みながらこう答えてくれました。

「階段は上がれるけれど下りられないとか、目が見えなくて怖いからか、小さい犬にも吠えて飛び掛かろうとするとか…でも、特に困るというほどではありません。家の中に障害物を置かないほうがいいので、咲夢のおかげで断捨離できましたし(笑)、あとは拾い食いしないように注意することくらい。私たちも咲夢も自然体ですよ」

 咲夢君の体の右側には「ハート」に見える模様があります。取材当日まで気づいていなかったという泰子さんが、また笑顔になりました。咲夢君は山本家に笑顔と幸せを運んでくれています。

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