今日も来ました万引きおばさん。警察へ突き出しても、懲りずにやってくるから始末に負えない。一方、試食コーナーでは、お昼時に必ず現れては食べ尽くしていくオヤジとの熱きバトルが展開される。まだ駆け出しのライターだった頃、生活費の足しにするため、とあるスーパーマーケットの惣菜部門でアルバイトをしていた。そこでかいま見た「人間ドラマ」の一端を紹介したい。
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なんで無罪放免? 万引き常習おばさん
仮称「港が見えるスーパー」には、いつの頃からか、繰り返し万引きを犯すご婦人が出没するようになった。年齢は70歳近いだろうか。身なりはきちんとしている。犯行手口はじつに大胆で、まったくコソコソしていない。あるとき、私と目が合ったまま、弁当を手に取って懐に隠した。
「やりやがったな」と思ったが、店内では声をかけない。万引き犯を捕まえるには、あるていど決まった手順があるのだ。以前、ある大手警備会社に勤務していたので、万引き犯人の捕まえ方は心得ている。
店内で声をかけない理由は「これからお金を払うつもりだった」と言い逃れができるからだ。だから犯行を現認したら、その瞬間から監視する。できれば、他の店員にも応援を求める。前出のご婦人が店を出た。すでに1人の応援を得ていたので、逃げられないように前後を挟んで、努めて穏やかに話しかける。
「お客様、精算をお忘れになっている商品はございませんか」
ご婦人は「見てた?」と悪びれる様子がない。事務所へ連れて行くと、店長は問答無用で警察へ通報した。
翌日、旦那さんが謝罪に来た。旦那さんの話によると、ご婦人は心の病を患っているせいで、警察へ連行されてもすぐ無罪放免されるらしい。
数日後、また店にやってきて、店員が見ている前で弁当を盗んだ。形式上、警察へ突き出すが、やっぱり数日後に再び現れて弁当を盗んだ。こんなことを何度も繰り返して呆れながらも、ひとつ気が付いたことがある。なぜかいつも同じ「サケ弁当」ばかり盗むのだった。職場のみんなで「なにか思い出かトラウマのようなものを抱えているのかもしれないね」と言い合っていたが、真相は分からずじまいだ。
試食オヤジとの熱きバトル
いつの頃からか、港が見えるスーパーの惣菜売り場に、決まってお昼時に現れるオヤジがいた。ほぼ毎日現れるから、惣菜部門だけでなく1階の食品売り場のスタッフ全員が、このオヤジの人相風体をすぐに憶えた。いつも決まって、ヨレヨレにくたびれたグレーの作業服を着ていたから、近くの町工場で働いているか、その作業服自体が普段着なのだろう。
オヤジの目的は、試食品である。1階は食品売り場だから、それぞれの売り場ごとに試食を出している。惣菜売り場でよく出していたのは、ロースとんかつだ。揚げたてをサイコロ状に小さく切って、爪楊枝を刺してある。おじさんは、それを片手で鷲掴みにすると、一気に口へ放り込んだ。
「あっ」という間もない。口をもぐもぐさせながら寿司の売り場へ移動すると、今度は無料で提供している紅ショウガとか醤油の小袋をむんずと掴んで、ズボンのポケットへねじ込む。こんなことを毎日繰り返すのだからたまらない。
「来たよ、来たよ」
ある日のお昼前、食品売り場(惣菜とパン以外の食品全般)のパートさんが、惣菜売り場のバックヤードへ知らせに来てくれた。
今日の試食品もロースとんかつで、すでに売り場に出ている。試食オヤジにとっては、2日連続のご馳走だろう。
バックヤードの窓から売り場を見ると、まっすぐ惣菜売り場へ向かってくる。店に入ってすぐ、入口に近いパン売り場を襲ったのだろう。口をもぐもぐさせている。
「いったん引き揚げて!」
チーフの指示で、試食品をバックヤードへ撤収する。
試食オヤジは、いつもの試食が出ていないことに「あれ?」というような顔をして、いったん通り過ぎた。が、また引き返してきて、売り場の前をウロウロしたり、少し離れた商品棚に身を隠すようにしたりして、ジッと売り場のほうを見ていた。試食品が出てくるのを待っているのだろうか。こちらも、オヤジが諦めるまで試食品を出すつもりはない。その間も、商品出すために、店員はバックヤードと売り場を行き来する。オヤジはそのたびにバックヤードのほうを覗きこんで、期待に満ちた視線を送ってくるのである。
そんな駆け引きが30分ほど続いただろうか。オヤジは諦めたのか、気が付くと姿が見えなくなっていた。本当に試食品だけが目的だったみたいだ。