翌平成18年、遊軍記者として外勤に戻った私は改めて“事件”に向き合う。連盟担当の岡本浩孝とともに、阪急との経営統合から球団保有権の移転、そして衝撃の「新規参入扱い」へと流れ落ちていく球界の波浪を追い続けた。
オーナーだった宮崎恒彰の奔走で、事態は最終的に「球団資格の再審査→保証金30億円の免除」という形で落ち着く。
騒動の功罪をどう描けばいいのか。その年の暮れ、阪急電鉄社長・角和夫の帰還を宝塚南口の自宅前で待ち、答えを求めて次は元阪神オーナー・久万俊二郎のもとへ向かった。
「いろいろ抜かりはありましたなあ」
村上ファンドを触媒に、阪神電鉄とタイガースは歴史の塗り替えを余儀なくされたのだ。神戸の住吉山手の、さして大きくはない居宅の自室で久万は、目をしばたたかせて繰り返した。「抜かりはあった」と。(デイリースポーツ・善積健也)