ビビが同館に現れたのは、2012年7月の九州北部豪雨のときだった。母猫とはぐれてしまったのか、敷地内の水路でずぶ濡れになっているビビを、大女将の遠藤小須枝さんが見つけた。まだ手のひらに乗るほどの大きさ。震える体をすぐにふいてやり、エサをあげたのがきっかけでここに住み着き、飼い始めた。
「ビビ」という名前は、その出会いにビビッときたから?と思いきや、「この子は幼いころからビビり(臆病)なんです。警戒心が強く、ちょっとした物音でもすごくびっくりするんです。だからビビくんって名付けたんですよ」(二子石さん)
ふと気づいたのは、パンフレットやホームページに載っている同館のロゴマークに一匹の黒猫が描かれていること。でもビビはサバ白柄だし…と首をかしげていると、二子石さんが「描かれている黒猫は『くま』っていう名前なんです」と教えてくれた。実はこの黒猫、二子石さんの妻で若女将の千枝さんが、かつて飼っていた愛猫だそう。
「くまは9年前、ここがリニューアルしたときの初代看板猫でした。お客さんの肩の上に乗ったり甘えたりと、とても人なつこい性格で、人気者だったんですよ。でも1年ほどたったころ、不慮の事故で突然亡くなってしまって…」。まだ3歳だったくま。若女将はたいそう悲しみ、当時は「もう猫は飼わない」と誓ったほどだった。
それから2年ほどがたち、よりによって集中豪雨の日、ずぶ濡れで現れたのがビビだった。ビビがやってくると、大女将や若女将をはじめ、スタッフや宿泊者の間にも、くまがいた頃のような笑顔が戻ったという。
「天国のくまがこの宿を守ってくれていて、みんなが寂しがらないようにとビビを遣わしてくれたのかもしれません。今ではビビは、いなくてはならない存在です」と二子石さん。日中は敷地内のお気に入りの場所で過ごしているので、必ずしも会えるわけではない。出会えた人はラッキーかも。
▼「里の湯 和らく」熊本県阿蘇郡南小国町黒川6351-1 電話0967・44・0690