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20歳から45年間も継続!現役作家の「日記」に驚きと称賛の声「日記はパレット、そこに自分という色をつけていく」

竹中  友一(RinToris) 竹中 友一(RinToris)

「20歳からつけている日記の118冊目が終わった」

作家の吉村萬壱さん(@yoshimuramanman)のX(旧Twitter)の投稿が、22万以上のいいねが付く話題となっています。

日々の出来事や自分の思いなどを書きこんでゆく日記。

一見簡単なようで、実際に書き出すまでにはハードルがあるものです。また、いざはじめても、モチベーションが続かずに結局辞めてしまったりした方も意外と多いのではないでしょうか。

かつては自身も三日坊主だったという吉村さん。しかし、20歳の頃から継続して日記を書くようになり、45年経った今ではノートも118冊目を数えるようになりました。

そんな吉村さんに対し、Xのリプ欄にも驚きと称賛の声が続出しています。

「継続できる事が素晴らしいですね」
「もう二十歳までが『日記書く生き物』の『貴重な日記を書いてなかった時期』やん」
「なんども日記を付けようと意気込んだ日はあったけど1回も長く続いたことない。すごすぎる」
「自分の人生を読み返せるってちょっと羨ましいな」
「書籍化したら案外売れたりして?」

吉村さんが日記を書きはじめた理由とは――。

また、長年継続できた秘訣は?

ご本人におうかがいしました。

きっかけは少年時代から

「『勉強せえ』と母親にうるさく言われて――」

日記を書きはじめた経緯について、吉村さんは自身の少年時代から、話をはじめました。

母親に勉強するようにとよく怒られていたという吉村さん。しかし、当時勉強が嫌いだったという吉村さんは、自室にこもって勉強しているふりをしながら、こっそりノートに落書きをしたりして遊んでいたそうです。

小学生の頃は漫画が好きで、漫画を描いたりもしていましたが、中学2年生の頃から活字の本を読むようになり、自分で文章も書くようになりました。

そんな吉村さんにとって、“日記”も自ずと関心の出るトピック。

しかし、当時はまだ、実際に書きだすところまでは至れなかったといいます。

「自分の書く字が、嫌いだったんです」(吉村さん)

当時はまだパソコンやワープロが普及している時代でもなく、文字は手書き。しかし、吉村さんは自身の字体が好きになれず、一夜明けて見返すと恥ずかしさを覚えるほどでした。

それとは対照的に、高校・大学と進学するに従って、文章を書きたいという思いは日に日に増していきます。そこで、吉村さんは、自分の好きだった担任の国語の先生の黒板の文字や、歌人や劇作家として活躍した寺山修司氏の文字などを真似て、少しずつ自分の書く字が好きになるように練習を重ねました。

すると、次第に日記も書けるようになり、ついに1冊目となるコクヨの50枚のキャンパスノートを最後まで埋めることに成功。それが、45年にも及ぶ日記継続のきっかけになったといいます。

なお、当初はノートを更新する度に、その種類や分厚さをいろいろ変えたりもしたそうですが、30年ほど前からはコクヨの100枚キャンパスノートに統一しているといいます。

日記を書くことのメリット

1回に書く日記の分量は、日によってまちまちとのこと。

「悩みごとがある時などは長くなりますね(笑)」(吉村さん)

また、最初から基本的にはほぼ毎日書いていて、書けなかった日の分も後でまとめて書くことで埋めていたといいます。

では、このように日記を付けることで、どのようなメリットがあるのでしょうか?

「文字を書いていると、デトックス効果が得られます」(吉村さん)

悩みについて頭の中だけで考えていると、思考があまり遠くまでいけずに、堂々巡りになってしまいがちです。しかし、文章に起こしてみると、ひとつひとつの考えが文章として積み上げられるので、かなり遠くまで考えを進めることができ、見通しがついて落ち着くことができるといいます。

この時重要なのは、その時の状況や自身の気持ち、どこに問題があるかなどを、できるだけ正確に書くこと。

エッセイなど、他人に文章を読ませる前提のものだと、多少は出来事を脚色したり、言ってはいけないことを誤魔化して書いたりする必要もあるでしょう。しかし、日記ではそういったことをする必要はなく、ストレートに自身の思いを書き連ねることができます。

それによって、「日記と対話する」ことができ、結果的に道が開けることもあると、吉村さんはいいます。

「読み返して恥ずかしくならないの?」という声もあるけれど…

一方で、吉村さんのXのリプ欄には、このようなコメントも寄せられています。

「昔の日記を読み返したりしますか?
 ぬぁ~!!ってなって破りたくなったりはしないんですか??」

確かに、人間とは自分自身をなかなか直視できない生き物。日記など読み返した日には、気恥ずかしさでいたたまれなくなってしまうのでは――そんな風に思う方もいらっしゃるようです。

しかし、吉村さんは、また別の見解を示します。

「20年ほど前の日記を自分で読み返してみたのですが、私小説の文体になっていると感じて、興味深く読めました」(吉村さん)

昨日の記述には耐えられないかもしれませんが、ある程度時間をおいた自分自身のことは半分他人のように思えて、客観的にみることができる、とのこと。

日記は、自分自身が重ねてきた年輪の記録。改めて読み返してみることで、自分自身の歩みを再確認でき、自分の成長を確かめる機会にもなるのかもしれません。

「書いてみることで、一歩踏み出せる」

そんな大切なことを、日記は教えてもくれるようですね。

「日記はパレット」 作家活動においてもプラスな面が

また、吉村さんによると、日記は自身の創作においてもプラスにはたらいている面が大いにあるといいます。

例えば、ある作家の方の小説を読んだ時。

その頃に書いた日記を読み返すと、その作家の方の会話や言い回し、語り口、視点といった文体が、そこに反映されていることに気づかされることがあるそうです。

また、文章を書いていると、自分の思いを100%伝えきれない――そんな葛藤を抱えることもあります。そんな時、他の作家の方の文章表現に「これだ」というのがあれば、それを日記に取り入れたりすることもあったとか。

「日記をパレットにして、自分の文体の色を作ってきたようなところがあると思います」(吉村さん)

さらに、自身の執筆活動で行き詰った時なども、日記に悩みを書き連ねてきたといいます。

それによって、思考が整理され、ストーリーや書き方など、自分が書きたいものの見通しを立てることができたそうです。

日記は、吉村さん自身の内面の成長を支えてくれただけでなく、作家活動にも大きな影響を与えていたのですね。

  ◇  ◇

日記を書くことの良さや面白さについて教えてくださった吉村さん。

そんな日記関連の書籍として、『巣 日記アンソロジー 表現する人たち 年の瀬せいかつ』(あゆみ書房)が発売中です。

2025年12月21日から2026年1月3日までの2週間を、17人の表現者がそれぞれ自由な形式で綴っています。吉村さんも“絵日記”で参加され、イラストも制作したほか、文字も手書きで掲載されているとのこと。

「日記にもいろんなパターンがあると思わせてくれる一冊です」(吉村さん)

■吉村萬壱さんのX(旧Twitter)はこちら
 →https://x.com/yoshimuramanman

■吉村さんが寄稿された書籍『年の瀬せいかつ』はこちら
 →https://tsukihi.stores.jp/items/69ea08a6d2ff8f3481c367bc

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