30年越しに、自分の名前を見つけた瞬間
タカハシさんのフランス滞在は5日間。そのあいだにサン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂を訪れる計画を立てました。当日、小川さんの資料をたよりにパリ駅へ向かい、小川さん夫妻が待つカーン駅へと出発します。列車が出発すると、すぐに風光明媚な田園風景へと移り変わり、車窓から眺める初めてのフランス郊外の景色に「本当に来たんだ」という実感がこみ上げてきます。
2時間ほど列車に揺られ、無事にカーン駅へ到着。小川夫妻が出迎えてくれました。
「まず、車で小川さん夫妻のご自宅へ向かい、昼食をごちそうになりました。そのあと、いよいよ礼拝堂へ。車での移動は思いのほか長距離でしたが、ご主人が快く運転を買って出てくださいました」
やがて、サン・マルタン・ド・ミュー村に到着。タカハシさんは、ついに礼拝堂へとたどり着きました。
小川さんは村の人々とも面識があり、事前にタカハシさんの訪問とその目的を伝えてくれていたといいます。
「私が礼拝堂の寄進者であること、30年ぶりに村を訪れることをあらかじめ説明してくださっていたんです。そのため、とても温かく迎えてくださいました。さらに、礼拝堂の門扉に刻まれた私の名前の位置もあらかじめ探してくださっていて…温かいお心遣いがとてもありがたかったです」
礼拝堂を管理している村の人から「実際に寄付した人がここに来たのは、あなたが初めて」と言われたタカハシさん。ついに門扉へと歩みを進め、名前を確認するとーーそこには確かにタカハシさんの名前が刻まれていました。
「扉に“YASUKO”という自分の名前を見つけた瞬間、『本当に存在していたんだ…』と、すぐには実感が湧かず、どこか不思議な感覚でした」
少し落ち着いてくると、20代のころの自分のことが次々と思い出されました。
「当時は夢や目標もはっきりせず、何かに挑戦する勇気も持てませんでした。周りの友人がそれぞれの道を進む中で、自分だけが取り残されているように感じていたんです。そんな過去の自分に、『あなたがあの時寄付してくれたから、今こんな特別な時間を生きられているよ。ありがとう』と、心の中で語りかけました」
そして、“夢”はまだ終わりません。もうひとつ、タカハシさんには叶えたい願いがありました。
礼拝堂で叶えた、もう一つの夢
タカハシさんには、この訪問でもう一つ実現したい思いがありました。それは、「礼拝堂に自分の作品を展示し、写真に残すこと」でした。
「小川さんには、渡航前に展示のことも相談し、賛同していただきました。そして、礼拝堂の管理責任者に許可を取ってくださったんです。当日は、ご主人が友禅のタペストリーを天井から吊るして展示するためのロープやポールまで用意してくださり、お二人に手伝っていただいて設営することができました」
田窪氏によって礼拝堂の白い壁に描かれた林檎の壁画。そこに、タカハシさんが手がけた藍を基調に山や滝、花々を描いた友禅作品を掲げて撮影しました。まさに、もうひとつの思いが形になった瞬間でした。
この展示の許可が下りたのは、渡仏の直前だったといいます。そのため村の人々に広く知らせることはできず、展示を見届けたのは鍵を管理する女性と小川さん夫妻のみでした。
それでも、タカハシさんの心は静かに満たされていました。
「私が作品を展示したいと思ったのは、多くの人に見てもらうためというより、自分が歩んできた友禅の道を一つの形として礼拝堂に残したかったからでした。礼拝堂を再生し、人々に喜びをもたらした田窪先生の活動に重ねるように、私も染色を通して誰かの心を明るくすることができたら―そんな願いが、ずっと心の奥にあったように思います。礼拝堂に掲げられた自分の作品を見たとき、30年間抱えていた宿題をようやく提出できたような、静かな達成感に包まれました」
こうして思いを実現したタカハシさんは、「小川さん夫妻の支えがなければ、30年越しの願いが叶うことはありませんでした。心から感謝しています」と語ります。
「決めると現実が動き始める」タカハシさんが伝えたいこと
礼拝堂を訪れてから約2年後の2026年2月。タカハシさんは、六本木のギャラリー「KOTARO NUKAGA」で開催されたグループ展に田窪氏が作品を出展していることを知り、会場へ足を運びました。
「田窪先生に、礼拝堂訪問がかなった感謝をお伝えしたくて手紙を書いて伺いました。あいにく先生はご不在でしたが、スタッフの方が手紙を預かってくださり、寄付のことや現地を訪れたお話をすると、『先生にも伝えます。きっと喜ばれると思います』と言ってくださいました。この先、直接お目にかかる機会があるかはわかりませんが、先生への感謝と尊敬の気持ちは変わりません」
今回の体験をSNSに綴ったところ、想像以上に多くの共感が集まりました。タカハシさんは「私自身が励まされました」と振り返ります。
「今回の旅は、昔の自分が心に残していた忘れ物を受け取りに行ったような感覚でした。少し気恥ずかしさもありますが、それ以上に大切な気づきを得ることができました。それは、『無理だと思い込んでいたことでも、やると決めると現実が動き始める』ということです」
最後に、自身の体験を通して伝えたいことを尋ねると、こう答えてくれました。
「時間は、想像以上に早く過ぎていきます。来年も生きている保証は誰にもない。だからこそ、自分の人生で大切だと感じることは、ぜひ機会をつくって行動してほしいと思います」
20代の自分と出会い直したタカハシさん。その歩みはこれからも、新たな表現の場へと続いていくことでしょう。
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・Threads「タカハシ ヤスコ/equbo〜友禅でハワイを描く世界で一人の染色作家」https://www.threads.com/@equbo
・lit link「Hawaiian手描き友禅equbo」https://lit.link/en/yuzendyeingequbo
・趣味企業コンサルタント「戸田充広」さん https://x.com/shumikigyo
・観光コンサルタント「小川裕子」さん https://ohiro511.wixsite.com/normandie