「20代の会社員の女性です。学生の頃から、忘れ物が多かったり講義の時間を間違えたりということが多くありました。就職してからも、小さなミスを繰り返したり、社内行事の日時を間違えたり…。もしかしてと思い精神科を受診したところ、ADHDと診断されました。加えて抑うつ状態だと教えていただきました。思い返してみると、急なアクシデントや複数のタスクを同時に抱えると、頭の中がパニックになり、強いイライラを感じることもありました」
この相談者のように、何らかの発達障害を抱えている方は、周囲との人間関係に悩んだり職場環境にストレスを強く感じたりすることで、適応障害やうつ病を併発してしまうことも多くあります。また、発達障害や適応障害、気分障害(うつ病や双極症など)では感情の起伏が激しくなりやすい傾向にあり、それ自体が当事者の負担となると同時に、周囲への影響も大きくなります。
乱高下する感情の波に振り回される?!
精神障害や発達障害を抱える人の「感情の乱高下」は、なぜ起こるのでしょうか?そこには「病気が障害がそうさせる“だけ”」ではない、理由が存在します。
▽突然の「イライラ爆発」
怒りの感情は、予期せぬ「地雷」によって突然爆発することがあります。周囲から見ると「なぜそんなことで?」と思われがちですが、当事者にとっては、感覚過敏や情報処理の特性により脳が許容量を超えたサインと考えられます。そして、爆発後に襲ってくるのは、抑えられなかったことへの猛烈な自己嫌悪なのです。
また、表面的には穏やかに過ごしていたとしても、自分のスケジュール通りに予定が進まなかったり、突発的なアクシデントに見舞われたりすると、密かにイライラを感じてしまうという場合があります。
▽沼から抜け出せない「猛烈な落ち込み」
イライラとは対照的に、一度沈むと沼から抜け出せない「猛烈な落ち込み」も深刻です。相談者のような「イライラ爆発」後の自己嫌悪には、「周囲の人たちから“大丈夫だよ”“問題ないよ”と受容してもらえるような言葉掛けをしてもらえても、なかなか自分自身を許せない」と訴える人も少なくありません。
また、うつ病の方は、自分のちょっとした失敗や、周囲の人の何気ない言動を必要以上に気にしすぎてしまう傾向にあります。これが引き金となり、気持ちが沈み込み、ベッドから起き上がれない、行動できないといった状態に陥ってしまいがちです。この状態は、エネルギーが枯渇し、自己肯定感が完全に失われた状態と言えるでしょう。
自分を「知って」「共有して」「ケアする」
このような状況をそのままにしていると、自分自身に対して強い自己否定をしてしまいます。自分と向き合い、立ち直るためには、家族や職場の同僚の協力も欠かせません。ではどのように対処していけばよいのでしょうか?
▽自分の「取扱説明書」を共有する
まず、「自分はどんな時に爆発するのか」「どんな状況で落ち込みやすいのか」という自分自身の「取扱説明書」を作るところから始めてみましょう。
具体的には、「一日の振り返り」という名目で「三行日記」をしてみることをお勧めします。とにかく、その日に起こった出来事やその時の自分自身の感情などを書き溜めていくのです。多少サボってもご自身を責めないでください。何週間、何ヶ月と続けることに重要な意味がありますので。
相談者は、「1カ月間、できるだけ毎日、寝る前の数分を使って三行日記を書いていたら、自分がどんな時にどんな感情になるのかが、なんとなく理解できるようになってきた」とお話しされていました。
さらにそのようにして出来上がった自分の感情のくせを、「取扱説明書」として、関わる周囲の人たちに伝えました。これによって、周囲の人達も相談者に関わりやすくなったようです。
▽「休むこと」はサボりじゃない。心のエネルギー管理の重要性
大きく感情が高ぶってしまった後というのは、自己嫌悪とともに「心のエネルギー切れ状態」にもなりがちです。さらに失敗を取り戻そうと「心のエネルギー切れ状態」にもかかわらず、無理をしてでも挽回しようとしてさらなる失敗やつまづきにつながることも、よくある話です。
「頑張ることと無理をすることは、違うことだ」とよく言われますが、心のエネルギー切れ状態を放置したままで、良いパフォーマンスができないのは、誰しも経験があることではないでしょうか。
相談者は抑うつ症とも診断されましたが、幸いにも休職をしなければならない程ではありませんでした。しかし、心のエネルギーが枯渇してしまった場合は、無理をせず、休職も視野に入れて「休むこと」を優先していただきたいと思います。まずは主治医や、産業医に相談してみましょう。
▽感情と上手に付き合う「セルフケア」
発達障害や精神障害を抱える人の感情の問題の根幹にあるのは、「感情の振れ幅の大きさ」と「感情に流されっぱなしになること」です。それが日常生活や仕事を行う上での問題になったり、人間関係を築くうえでの障壁になる原因となります。
先ほどご紹介した「三行日記」を継続して記録することだけでも、自分自身を客観視できるようになります。それによって落ち着きを取り戻しやすくなり、「感情に流されっぱなし」になることを防ぐことができます。
また、マインドフルネスに代表されるような呼吸法も良いでしょう。頭の中は、いつも様々なことを考えるのに忙しいため、呼吸法などを用いることで、その頭の忙しさから少し距離を置くだけでも、心を落ち着かせることが可能となります。
相談者も、当初は三行日記のみに取り組んでいましたが、3カ月した頃からお風呂上がりなどに呼吸法も徐々に取り入れるようになり、少しずつ、感情の波の振れ幅が小さくなってきたと実感されていました。
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誰でも完璧な人間ではありませんし、完璧である必要はないのです。完璧でないご自身も「自分自身なんだ」と受け入れながら、一歩ずつ進んでいくことが重要です。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士。身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症Ⅱ型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。