「自分がワクワクする方へ」東京でのキャリアを手放し、長野県小海町で新たな挑戦をする女性が「住むのはどこでもいい」と語る理由

20代の働き方研究所/Re就活 20代の働き方研究所/Re就活

『地域おこし協力隊』は、「地域協力活動」を行いながらその地域への定住に向けた準備ができる、総務省が主体の取り組みです。長野県小海町(こうみまち)では、さまざまな地域おこし協力隊が活動しており、その中のひとつに「憩うまちこうみ事業」の運営があります。

いそがしい毎日を過ごす都市部ではたらく人々を、社員研修やワーケーションといった形で受け入れ、自然を生かした『Re・Designセラピー』で心とからだを穏やかに整えるお手伝いをする、そんな「憩うまちこうみ」の事務局を担当されている浅田 恵理子(あさだ えりこ)さんにお話を伺いました。

以前はご自身も東京でマーケティングリサーチの企業で働き、ハードワークをこなしていたという浅田さん。移住前は「もし嫌だったら2、3カ月で帰ろうと思っていた」と笑いながら教えてくださいましたが、現在は小海町でご結婚され、先日第一子をご出産されました。なぜ縁もゆかりもない土地への移住を決めたのか、その経緯と、住むところとキャリアの関係性についての考え方をお聞きしました。

ずっと同じ環境にいると気付かないうちに疲れてしまう

―地域おこし協力隊の概要を教えてください

現在は、「憩うまちこうみ」事業の事務局をメインで担っていて、都市部の企業向けにリフレッシュ研修を提供しています。「憩うまちこうみ」は、はたらく人の心と体への気づきにアプローチすることを目的に、五感を開放するための森林ウォークや自分を見つめ直すヨガセラピー、仲間と語り合うための焚き火セラピーといったプログラムを企画・運営している事業です。平均すると大体月2回ぐらいは開催しています。滞在中のアテンドは基本的に自分でやるので、イメージとしてはバスの添乗員さんみたいな感じですね。

あとはセラピストを担うのが町内の方々なので、その育成と、宿泊場所や食事をとる場所など、いつでも受け入れができるように、町内の調整や関係性を常に深めています。

―参加者にはどのような方々がいらっしゃいますか

都市部での忙しい毎日に疲れている方が多いです。森林ウォークでは、森の中で10分ぐらいぼーっとする時間を取ってもらうのですが、気がついたら涙が流れていましたという方もいます。自分を見つめ直す時間をとって、「思っていたよりも、自分は今まで頑張っていたんだ」と気づける時間を提供できているのではないでしょうか。ポジティブな感想を頂けることが多いです。

ずっと同じ環境にいると、気づかないうちに無理をしてしまいます。都市部よりも田舎がいいと決めつけるわけではないけれども、たとえば何かに行き詰まったときに、ちょっと公園を散歩すると息抜きになったりするじゃないですか?それと同じで、参加者の方々に普段と違う環境に身を置いてもらうことで前を向くサポートができる、そんな事業の必要性を感じています。

―「憩うまちこうみ」事業のコンセプトに共感を抱いて参加なさったのですね

大学で心理学を学んでいたので、人の心の動きに関心がありました。前職のマーケティングリサーチの会社を選んだのも、人の購買行動に心理学が関わっていると知ったからです。ただ、前職では残業が多く、体調を崩す同僚を多く見てきました。そのこともあり、「私が私になれるまち」をコンセプトにセラピーを提供する「憩うまちこうみ」事業に興味をもちました。

心理学科から新卒でマーケティングリサーチの会社へ

―前職では具体的にどのようなお仕事をされていたのでしょうか

たとえばあるメーカーで新商品を開発したいとなったときに、流行や求められているものを知る必要が出てきます。そこで、蓄積された自社データをもとに市場分析をしたり、アンケート調査で消費者が求めていることを読み解いて、メーカーに報告していました。

わたしはフロントに立ってお客さんとやり取りするポジションで、課題をヒアリングしながら、それに対してリサーチの企画を作って提案することが主な仕事でした。

―前職での経験は、現在の活動にどのように役立っていますか

マーケティングの知識というよりは、考え方が役立っています。前職では、目の前の事象に捉われずに根本的な問題を突き詰めて原因と対策を考える癖がつきました。マーケティングの根本には人の思いや欲望、困りごとがあると思うんですよ。何かを買おうと決断するとき、必ずその裏には人の心が動いています。

どんな仕事や職種でも、人の心や感情にも目を向けることで本質的な問題を考えられるようになると思います。事業の運営や町の問題を解決するときにも、関係者の思いを汲むうえで役立っています。

それに加えて、データを見て客観的に考えられるようになったのはすごく大きかったです。人の心や感情に目を向けると、相手を思いやりすぎて感情的な判断をしてしまうこともあるかもしれません。ですが、客観的な事実に基づいて判断を下す経験を通じ、相手の状況を理解しながら最適な解決策を考えることができるようになりました。前職で学んだ、論理的思考と感情とのバランスを上手くとる方法は、小海町での仕事や暮らしにも活きています。それまでは他人に際限なく寄り添ってしまい、自分が疲れたり、当初の目的を見失ったりすることもありました。しかし、人とのほどよい距離感をつかめるようになった今では、スムーズに物事を進められています。

泥臭い活動で得た、町の中での「話を聞いてくれるいい人」のポジション

―都市部から移住して感じたカルチャーギャップはありますか

移住する前は東京でバリバリ働いていたわけですが、小海町でもその軸でやってしまうと、町の人からしてみれば「なんで?」とか「偉そう」とか思われることも多いのかなと。なので、最初の1年は人や町を知るところにフォーカスをあてて、町中の人と話しまくるのを意識的に取り組みました。そういった地道な活動が実を結んで、それまであった移住者への固定観念がなくなり、「ちゃんと話を聞いてくれるいい人」のポジションをつかめたのかなと思っています。

―東京と小海町では、仕事を進めるうえで大切にするべき軸が異なっていた?

仕事を進めるうえで、前職では初めにゴールを設定してから、それを達成するための最適な手段を考えて……というふうにやっていました。しかし、小海町ではゴールや手段をどうするかということに加えて、人間関係も重要視する必要があります。小さな田舎町では、密なコミュニティの中で互いに助け合うことで、暮らしも仕事もうまく回っている場合が多いんです。

最初は「マーケティングの『マ』の字もないじゃん!」と衝撃を受けましたが、たとえ前職では良いとされていたことでも、町にとって必ずしもそうとは限りません。町のやり方を尊重しながら、変えられるところは変えていきたいなと思うようになりました。

―大きなカルチャーギャップにも感じられそうです

移住前から、田舎には特有の文化があるとうっすら知ってはいたけれども、あまり具体的に思い描けてはいなかったですね。

でも、それを無視したらやっぱり町ではやっていけません。移住した当初はせっかくだからマーケティングの知識を使って事業を推進しようと意気込んでいましたが、きれいごとだけでなく泥臭くやっていくことも重要なんだと途中で気づきました。

こだわりなく東京に住み続けることに違和感をもった

―移住のきっかけは何だったのでしょうか

まず、小海町に絶対に来たかったわけではなく、たまたま知人に紹介してもらったのが「憩うまちこうみ事業」でした。コロナ禍で完全リモートワークになって、どこでも仕事できるならわざわざ東京にいなくてもいいかと思い始めたときのことです。事業のコンセプトに共感して、やってみようと思ったんです。

―人生の中でも大きな決断だと思いますが、あっさりですね

日本全国の田舎を渡り歩いている友人がいて、その影響もあってちょうど田舎暮らしに憧れを抱き始めたタイミングでした。日本仕事百貨でライターをしている知り合いから「最近こんな求人記事を書いていて、恵理子ちゃんに向いていそうだけど、どう?」と連絡をもらって「いいじゃん、わたしに向いていそうじゃん」と思って応募したらとんとん拍子で小海町に行けることになりました。

前職に入社した当時は出社が必須で、東京にいなければ仕事ができなかっただけで、何かこだわりをもって東京に住んでいたわけではありませんでした。東京にはいろんなものがあるし、好きだけれども、居続けるだけの理由が仕事以外に見当たらなかったんです。社会人になってから、転勤や結婚で遠方に引っ越す友人も増えましたが、いざ距離が離れても会いたい人とは会っていました。その頃から、住む場所ってあまり重要じゃないなと感じるようになりました。

コロナ禍で自宅に引きこもってコミュニティが狭まっていく感じもすごく嫌でした。わたしはいろんな人と交流したい質で、たとえば地元の居酒屋に一人で入って行ってそこの常連の人たちと仲良くお酒を飲むのが趣味なんです。なので、リモートワークを強いられるくらいなら、東京で暮らすことにこだわりもなかったので住む場所を移した方が自然とコミュニティも広がるかもしれないという考えもあったと思います。

―小海町に移住して、コミュニティは広がりましたか

こっちに来てから2年間で、名刺を交換しただけでも300人以上はいます。気軽に連絡をとれる知り合いも何十人と増えました。

地域おこし協力隊は仕事とプライベートの境目があまりないんです。「憩うまちこうみ」事業を担いながらも、町で困っている人がいたらちょっと手伝ったり、自治会のお手伝いをしたりするとどんどん顔が広がって、気づいたら老若男女問わず知り合いがたくさん増えていました。

移住は難しいことじゃない

―移住を決めたとき、ご家族やご友人の反応はいかがでしたか

昔から移住に強く興味があったわけでもなく、前職の仕事に大きな不満もなかったので、「なぜ?」と言われることが多かったです。もしかしたら今までのように気軽に会えなくなる不安もあったのかもしれませんね。

ただ、先ほども申し上げた通り、住む場所はそんなに重要じゃないと思っています。距離が離れても、会いたい友人には会っていますし、移住してきた実感もそんなにないです。単に自然がたくさんの場所に移ったぐらいの感覚かもしれません。だから、移住先で結婚を決めたときも、周りには相当驚かれましたが、わたしにとっては不思議ではありませんでした。

―浅田さんが考える移住は、ほかの人が考える以上に気軽なものなのですね

移住前にはハードルの高さを感じていましたが、いざやってみると、全然大したことなかったです。長野県なので東京が近いというのもあるかもしれないけれど、今はスマホがあれば誰とでも気軽に連絡が取れますし、行ったら行ったで新しい友達もできます。仕事もどうにかなりました。

―行けばどうにかなると考えられるのがすごいです

地域おこし協力隊として移住したのが良かったと思っています。全くコネがないところに一人で飛び込むのは怖いものですが、地域おこし協力隊の活動でスムーズにコミュニティに入っていけました。地域おこし協力隊で来ましたと言うと、地元の方々もよく来たねと歓迎してくれるんです。

―東京に戻るご予定はあるのでしょうか

今のところないです。こちらに引っ越してきてすぐに「東京にはもう戻らないな」と感じて、そこからはどうしたらこの町で暮らしていきやすいかを考えるようになりました。移住先での結婚を選んだのも、田舎は町中が知り合いで弱音を吐き出せる場所があまりなく、素直に悩みを打ち明けられるパートナーの必要性を感じたからです。東京に戻る理由がなかったのもありますし、自然がすごく身近にあって、こっちの方がわたしにとっては豊かな暮らしができると思ったんです。

今でも「住むのはどこでもいい」という考えは変わっていなくて、小海は好きだけれども、住み続ける必要性も感じていません。むしろ一度移住を経験したことで、どこでも暮らしていける自信がつきました。来年はまったく違う場所、もしかしたら海外にいるかもしれません(笑)。

―今後、住んでみたい場所はどこですか

夫の仕事や子育てもあるので、わたしの一存では決められない部分も大きいですが、瀬戸内の穏やかな海の感じが好きで愛媛や香川あたりに住みたいですね。あとみかんが好きだから、愛媛ならたくさんみかんを食べられるかな(笑)。移住の理由はそれぐらいでいい気がしています。

仲間を集めて町のためにできることを増やしたい

―現在は育休中とのことですが、復帰後に取り組みたいことはありますか

まずは、「憩うまちこうみ」事業を安定化させて独り立ちさせたいですね。今は地域おこし協力隊という国の制度を使っているからどうにか運営できているけれども、独立できるような枠組みをそろそろちゃんと作らないといけないと考えています。

あとは、外から来た人を受け入れるキャパシティが小さい点も町の課題のひとつです。泊まる場所にしても、町内の観光地や移動手段にしても、小海に住んでいる人の協力がないとわかりにくいんです。町の案内役が一人いるだけでも、訪れる人のハードルを下げられるはずなので、周りの人と協力しながら町外の人を案内するための拠点や仕組みを整備していけたらいいなぁと思っています。

町に人を呼び込むためのイベントの企画も積極的に進めていきたいです。これまで、東京で小海町の特産品を使って1日バーをやったり、松原湖畔で本を読むイベントを開催したりしました。今後も、小海町に住んでいる人間だからこそ知っている町の魅力をPRするイベントを企画したいですね。今はわたしの趣味の延長でやっているところも大きいですが、こちらもゆくゆくは事業化したいです。

―やることがたくさんありますね

去年までは、やりたいことはたくさんあるのにマンパワー不足で動けないことが多かったのですが、今年は若い仲間が4,5人増えたので色々できそうな気がしています。

移住したときにSNSアカウントを作って、今まで定期的に小海町での暮らしを発信してきたんです。自惚れかもしれないけれど"若い女の子が町で楽しく暮らしている"っていう事実が、今年引っ越してきた人たちの移住の要因のひとつになったのではないかと思っていて。うまく連携しながら一緒にやっていけたらいいなと思っています。

―小海町に限らず、地方移住を考えている読者にメッセージはありますか

3つあります。「ワクワクする方を選ぶ」「楽しくするのは自分」「迷うならやっちゃえ」です。

わたしも東京に残るか移住するかですごく悩みました。せっかくそれなりの大学を出て、それなりの企業に入ったのに、道を外れるのかと考えると怖かったです。けれども、純粋にどっちがワクワクするかを考えたときに、圧倒的に移住した自分を想像した時の方がワクワクしました。だから、選んだ先で何が起こるかはわからないけれど、「めちゃくちゃワクワクしているから多分大丈夫だ!」と思ってこっちを選んだんです。

実際に来てから思ったのは、楽しくするのは自分なんだってことです。人間関係も環境を整えるのも、何をしたから正解だとか、だれがいるから良いとかじゃなくて、全部自分で楽しくするぞというマインドでいれば、どこで何をやってもきっとうまくやっていけるんだろうなってすごく実感をしています。

そして、最近色々な人の話を聞いて思ったのですが、移住に限らず何かをすることに迷っている状態ということは、「ちょっとでもやりたい思いがあるから迷っている」と思うんです。やりたくなければ、そもそも迷わないじゃないですか?だから、迷っているならやっちゃえ!です。

―最後に、小海町の魅力を教えてください

松原湖を気に入っています。何があるわけでもないですが、一人でぼーっとするのにベストな環境です。何もしないをしに来るのにおすすめの場所です。

小海町高原美術館でやっている「ムーミンの食卓とコンヴィヴィアル展(開催期間:2024年10月6日まで)」もすごく良いので、ぜひ遊びに来てください。

あとは自然が近くにあるのでストレスフリーに暮らせるのと、ほどよく地域の人がウェッティーなのですぐ顔なじみになれて、一人で来ても誰かと来ても人の温かさを感じられると思います。わたしにとって第二のふるさとになったこの小海町のためにやりたいことはたくさんあるので、手伝ってくれる仲間も募集しています。

もしご興味がある方は、わたしが小海町での暮らしや主催するイベント情報などを投稿しているインスタグラムのアカウント(https://www.instagram.com/erikoumi/)をぜひ覗いてみてください。

【長野県小海町 「憩うまちこうみ」事業 浅田 恵理子さん】
新卒でマーケティングリサーチ会社に入社。顧客の課題をヒアリングし、企画提案するポジションで経験を積んだ後、知人からの紹介を受けて地域おこし協力隊として長野県小海町に移住。「私が私になれるまち」というコンセプトに共感したことから、現在はセラピー事業「憩うまちこうみ」の運営を行なっている。

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