筆者が会社員として働いていたころ、TOEICスコアが850点の新入社員が配属されました。海外支社とやり取りをする部署だったため、日々英文のメールや資料の翻訳に苦労していました。そのため、この人選には皆が大歓迎でした。
配属された彼に、私はさっそく英文書類の翻訳をお願いしました。しかし、いつまでたっても作業完了の報告がありません。進捗を確認しても「ほかの仕事で忙しくて…」とはぐらかされるばかりです。
1週間経っても何の音沙汰もないため、納期が心配になった私は、ついに彼を問い詰めました。すると彼は涙を浮かべながら「申し訳ありません。まったく進められませんでした」と今にも土下座しそうな勢いで謝罪してきたのでした。
話を聞くと、実は履歴書に書いてあったTOEICの点数はまったくの嘘で、事実がバレるのを恐れた彼は、自分で調べながら翻訳を進めていました。しかし専門用語の多さから歯が立たず、謝罪するに至ったのです。
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このように新卒、中途採用に関わらず、履歴書に「嘘の情報」を書いてでも採用されようとする人が存在します。企業が履歴書の嘘を見抜くのは難しいのでしょうか。リスクマネジメントに特化した調査会社「株式会社企業サービス」の代表取締役社長・吉本哲雄さんに聞きました。
「嘘はお互いさまだ」と考えている応募者も
ー履歴書に嘘を書く人は実際にいるのでしょうか
はい、これまで弊社が関わったケースでいえば、平均で約30%の割合で何かしらの経歴詐称が判明しています。これは全体の平均ですので、なかには50%の割合で経歴詐称が見つかる業種や業界も存在します。
ー実際にどのような嘘が書かれることが多いのでしょうか
中途採用の場合でいえば、前職で勤めていた期間を詐称するケースがあります。例えば大手A社で3年、B社で半年、C社で4年という場合に、短い期間であるB社を隠して、A社とC社だけを記述するようなケースです。少しでもスッキリした履歴にしたいがために、短期間の職歴を無かったことにする人は多くみられます。
また資格や前職での実績を詐称する人もいます。営業成績が良かったため、社内表彰されたと嘘をつくのもそのひとつです。さらに、実際は問題を起こして解雇されたにもかかわらず、その事実を隠して円満に退職したと書く人もいます。
ー企業側が経歴詐称を見抜くのは難しいのでしょうか
難しいでしょう。書類選考を通過して面接をした際に、相手が魅力ある人材に感じてしまうと、履歴書や職務経歴書の内容への関心は薄れていくものです。さらにその人が、他社から内定が出ていると言われると、「採用したい」という思いが強くなり、企業側は履歴書に疑いをもつ余裕がなくなってしまいます。
我々のような調査会社を使ってバックグラウンドチェックを行う企業は、既に働いている人たちの仲間になるのに相応しい人かどうかをあらゆる側面からチェックします。このような企業では経歴詐称も起きにくいです。
ー経歴詐称をしてまで採用されようとするのはなぜなのでしょう
ひとつには、正直に話すと採用されないと思っているからです。過去に不正や犯罪を行った人や不利な情報を持っている人は、正直に話すと不採用になる可能性が高いため、詐称してごまかそうとします。
もうひとつは、「企業側も嘘をついているからお互いさまだ」と考えるからだと思われます。実際に入社をしてみたら、提示されていた給料よりも少ない額だったとか、労働条件も劣悪で残業代が支払われなかったなど、企業側に騙された経験のある人がいます。このような経験をした人は、企業に対して不信感を抱き「だったらこっちも嘘をつこう」と考えてしまうのかもしれません。
採用時に履歴書の嘘が発覚した場合、相手の手口に嘆くのは仕方ありませんが、その一方で企業も正直な求人情報を出しているか、社員を大切にしているか、自省することも重要だと考えます。
ーちなみにバックグラウンドチェックはどのようなことをされるのですか
応募者から提出された履歴書や職務経歴書の情報をもとに、それらの内容が合っているかどうかを様々な方法で確認し、本人に関する情報を集めて報告をしています。
◆吉本哲雄(よしもと・てつお)株式会社企業サービス 代表取締役社長 企業向け調査の専門機関として、バックグラウンドチェック(採用調査)、反社チェック、企業・個人信用調査を提供。業歴45年、年間調査件数11,560件(2023年度)。