腎臓の病気で逝った愛猫との別れが開発のきっかけ…「用の美」息づく猫用食器「キャットボウル」  窯猫たちも協力して完成

うちの福招きねこ〜西日本編〜

西松 宏 西松 宏

出雲大社から東に約12キロ。島根県出雲市にある「出西窯(しゅっさいがま)」(多々納真・代表取締役)は、柳宗悦氏をはじめとする民藝運動の教えに帰依する陶工たちが開いた民窯。器には人々の暮らしに寄り添う「用の美」が息づいている。窯では茶トラの母「チャチャ」(推定6歳、メス)と「空(クウ)」(オス、4歳)の親子猫が、“窯猫(かまねこ)”としてスタッフを癒している。

2021年3月、ベテラン陶工の一人・中鉢(なかはち)耕助さん(44)が猫用の食器「キャットボウル」(高さ16センチ、皿直径16センチ、6900円・税込)を開発し、発売したところ、愛猫家から「使いやすい」「食べやすそう」「美しい」などと人気を集めている。作陶のきっかけは中鉢さんが13年間、ともに過ごしてきた愛猫「エド」(オス)との別れだった。開発に込めた思いや、窯の猫たちについて、中鉢さんと多々納さんに話を聞いた。

13歳で天国へ旅立った愛猫

中鉢さん エドと出会ったのは、私がまだ研修生だったころ。今から20年前のある日、母猫とはぐれたのか、理由はわかりませんが、仕事場の近くに子猫がいたのを見つけたんです。長毛種のミックスで、モフッとして可愛くて。保護して窯のすぐ近くにある寮へ連れて帰り、それから一緒に過ごすことになったんです。

未熟な陶工だった私にとって、エドはいつもそばにいて励ましてくれる存在でした。とても賢い子でね。棚に並べた器を落としたり壊したりしたことはなかったですし、お腹がすくと、私が手を止めて餌をあげないと仕事を進められないような場所に陣取るんですよ。夜遅くまでロクロを回していると「もう帰ろう」と呼びにきたり、肩にかついで一緒に寮から出勤したり。相棒というか、弟のような存在でした。

普通の平皿でご飯をあげていたんですが、晩年は腎臓の病気を患い、食事のとき、前につんのめるように首をかがめて、食べづらそうにしていた姿を覚えています。13歳でエドは天国へ旅立ちました。2017年4月のことでした。

エドがいなくなって2年ほどが経ったある時、妻が「猫用の食器って、高さがある方が猫にとっては食べやすいらしいよ」と言うのを聞いて、晩年のエドの姿が蘇りました。高さのある猫用の食器は、すでにいろんな種類のものが市販されていました。そういえばエドは食べにくそうにしていたな。でもエドが生きているとき、自分はそうした食器を買ってあげようとは思いつきもしなかった。あれだけ大切な存在だったのに、なんでそうしなかったんだろう…もしそういう器で食事を出してあげていたら、もっと楽できたのではないか…そんな後悔が頭を巡りました。

ふだんから、実用的な美しさ(用の美)を追求し、人間用の器をたくさん作っていますが、猫用の器を作ろうという発想はこれまでなかったんです。猫が食べやすく、かつ美しい食器を、死んだエドのためにも作ってみたい。そんな思いで、2年の試行錯誤の末、完成したのが「キャットボウル」なんです。

用の美を体現した器を

こだわったのは、高さ、機能性(猫が食べやすい、人が持ちやすい、洗いやすいなどの使いやすさ)、デザインの3点です。まず高さですが、猫の場合、口、食道、胃がまっすぐに繋がっています。獣医師さんに聞いたりいろいろ調べたところ、床に皿を置いて、首を下げたまま食事すると、食べ物は食道を上向きに通って胃まで運ばれますが、器に高さをつければ、食べ物が口→食道→胃へとまっすぐに運ばれ、負担が少なくて済むとのこと。

5〜8センチほどの高さの器はたくさん売っていますが、それでは低いと感じました。もちろん猫によって個体差や、最も適切な高さがあると思うので、必ずしもこれがいいというわけではありませんが、いろいろ試した結果、体高(四つ足がついた状態で立った時の地面から背中までの高さ)22センチ以上の成猫の場合、前かがみにならずに食べられる高さは15〜16センチくらいに落ち着きました。

また、前かがみの姿勢は足の関節に負担がかかり、特にシニア猫は筋力が低下しているため、高さのある器の方が楽だそうです。皿の部分は、食べているときヒゲが器に当たるとストレスになるとのことで、顔より一回り大きい直径15〜16センチにし、フードがこぼれにくいよう深さは4センチにしました。

それと器を床に置いたとき、その空間を彩り、雑な気分にならないものをと心がけました。私は、イギリスの陶芸家・バーナード・リーチ氏の「触れたその手にぬくもりはあるか。触れたその唇に喜びはあるか」という言葉を大切にしています。ただ使いやすいというだけでなく、手にしたときの感触がしっくりとなじんだり、心の豊かさを感じられたりするものを作りたいと思っています。この器も、そうした用の美を体現したつもりです。

窯の看板猫、空(クウ)とチャチャには、試作品を作るたびに試してもらいました。本当に食べやすいか、課題はないかなど、おおいに協力してもらったんですよ(笑)

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