「大変ご無沙汰しております。このたび、さいたま百観音巡礼の会を立ち上げました」。かつて取材した僧侶から連絡があった。そのお坊さんは会社員生活を経て「第二の人生」として僧侶を選んだ。70代半ばを迎えた僧侶はこれから何を目指すのか。人生の先輩に聞いた。
小塚文哲さん(75)。小塚さんは不動産業界で長く働いていた。大手の不動産会社にいた60代前半、定年を控え知人の会社に再就職しようかと考えていた。ある日、同世代の男性が禅僧を志し修行するテレビのドキュメンタリー番組を見た。2013年、得度した。
愛知県の寺での修行を経て、小塚さんは2022年まで犬山市の寺に留守役として住職の代わりに法務や作務を行った。同年春からは親族のいる埼玉県上尾市で暮らしている。
上尾に移った後、小塚さんは旅行会社から「巡礼に同行してほしい」と言われた。バスで巡礼の札所寺院を訪ねるツアーだった。しかし、巡礼の参拝者はお経の読み方が上手ではなく独自の抑揚を付けたり、参拝時の礼儀作法も十分ではなかったりした。
関東地方には1都6県にまたがる33の観音菩薩(ぼさつ)を祭る寺をめぐる「坂東三十三所」や、埼玉県秩父地方の「秩父三十四所」がある。近畿と中部の33の寺をめぐる「西国三十三所」と合わせて「日本百観音霊場」と呼ばれ、巡礼する人も多い。
小塚さんはお経をしっかり読んでもらい、写経を納める本来の姿で日本百観音霊場を巡る人を増やそうと「さいたま百観音巡礼の会」結成を決めた。
2023年4月、会を発足させた。発足時には会社員時代の知識を生かし、きっちりと定款を定めた。
当初はお経をうまく読めなかった参加者も、小塚さんと一緒に読経するうちに一人でも自宅の仏壇前で上手に読めるようになった。小塚さんが写経を指導すると、わずか42字の「延命十句観音経」だけではなく約260字の「般若心経」の写経を志す人が出てきた。また80代の女性は当初つえを突いていたが、巡礼に参加するうちにつえが不要になったという。
会員の仏教に対する知識欲も増し、「お寺に飾られる五色の仏旗の意味は?」や「六地蔵とは何か?」といった問いが小塚さんに寄せられるようになった。
普段は警備員をして生計を立てているという小塚さん。現在は会員が20人余りだが、会員が50人になれば小塚さんは会を一般社団法人にするつもりだ。「僧侶の経験を生かして、仏教の歴史や仏教とは何かを多くの人に伝えていきたい」。数え年で喜寿を迎えた僧侶の新たな門出を今後も見守りたい。
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さいたま百観音巡礼の会の問い合わせは小塚さん090(1508)2366へ。