女優の吉高由里子さんが主演を務める2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」。第3話、第4話では、陰陽寮の安倍晴明が祈祷したり、占いをするシーンがありました。
藤原兼家が次男の道兼に命じて、円融天皇の食事に薬を入れ、体調を崩すように仕向けて退位させようとしました。安倍晴明は、体調を崩した円融天皇の「邪気」ばらいを行い、兼家に「邪気ははらえましたが、背負われたお荷物が重すぎますゆえ、いちばん重いお荷物を降ろされたらよろしいのでは、先ほど奏上つかまつりました」といい、兼家から褒美をもらうことになりました。さて、今回は「邪気」とは何かについてみていきます。
『日本国語大辞典』(小学館)によると、「邪気」は「ざけ」「じゃけ」と読み、「もののけ。たたり。」「病気などを起こす悪い気。悪気。」を指すとあります。「邪気」は病気の原因ですが、もののけによるものを指していたようです。
「邪気」の語は、平安時代の男性の日記に記される言葉でした。たとえば、ドラマに登場する藤原実資『小右記』正暦四年(993年) 六月十四日条には次の記事があります。
女房、今朝より俄かに重く悩み煩ふ。其の体、邪気に似る。仍りて仁海上人を招く。深更、来たる。加持の間、邪気、出で来たる。宵を通し、調伏す。
女房の病気を「邪気」に似ていると判断し、仁海上人の加持祈祷で「邪気」が出てきて夜通し調伏したとあります。そして、『源氏物語』柏木に、
(光源氏)「日ごろもかくなむのたまへど、邪気などのひとのたびろかして、かかる方にてすすむるやうもはべなるをとて、聞きも入れはべらぬなり」と聞こえたまふ。(朱雀院) 「物の怪の教へにても、それに負けぬとて、あしかるべきことならばこそ憚らめ。…」
とあり、「邪気」を「物の怪(もののけ)」と言い換えていることがわかります。
「邪気」は「もののけ」という和語の漢語表記でした。中国の志怪小説『捜神記』巻18には、古狸が化けた人間のことを、一人の僧侶が「邪気」があると指摘し、その正体を見破ったとあります。中国の「邪気」と日本の「邪気」の語義は異なっています。つまり、平安時代の「邪気」は、日本のもののけに外国語(中国語)をあてたものといえるでしょう。
もののけは、「邪気」のほか、「物気」「物怪」「鬼気」「霊気」など様々な漢語で記されています。もののけとは何かについては別の機会にお話ししたいと思います。
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神と霊が照射する古代の人々の心を「怪異学」の視点で研究する園田学園女子大学学長の大江篤さん。「怪異学」とは、フシギなコトやモノについての歴史や文学の記述や記録を解読することで日本人の心の軌跡にアプローチする研究分野です。研究者が見る「光る君へ」論を寄稿してもらいます。