「大丈夫?」で傷つけてしまった
「めちゃくちゃ分かります。神戸の震災の後、どうやった?とか大丈夫やった?と聞かれるのが嫌でたまりませんでした。あの時そっちにいたんだ~大丈夫だった?と、まるで天気の話でもするようで辛かった」
「当方、死産での休職明けにこのセリフが本当に辛かったのを思い出しました。全然なんにも大丈夫じゃないのに大丈夫と答えて、急いでトイレに逃げて号泣…こんな毎日でした。大丈夫なわけないんですよね」
「大変共感します。東日本大地震の時に、私はやってしまい、被災者さんを泣かせてしまいました。地震後に訪れた仙台の明るく元気なショップ店員さんに、大好きな街仙台の方々が、ずっと心配だったので、大丈夫でしたか~?と聞いてしまったら、大変辛い思いをされたようで、みるみる顔が曇り…」
「私はこれで一度友達を泣かせてしまったことがある。ニュージーランドの地震を経験した19歳の男の子が、当時どんなだったかを語ってくれたことがあって。その時に本当に悪気なく、むしろ心配する気持ちから『家族とか友達は大丈夫やったん?』って聞いた。そしたらポロポロと目から涙が」
「大丈夫」と言えないことが辛かった
「私も地元が3.11の被災地でした。地元に住んでいる幼馴染には、本人から連絡が来るまで大丈夫か聞けなかった。生きているかもわからなかったし、もし無事だったとしても子供や家族を亡くしているかもしれないと思うと軽はずみに連絡できませんでした」
「震災後こればっかりでうんざりして、家族亡くしたと事実を答えたら場が凍りついて、以降大丈夫だよとしか答えられなくなりました。ずーっと思ってたこと発信してくれてありがとうございます」
「わい、3.11の津波でじいちゃん亡くしたけど、友人から『大丈夫だった?』て聞かれてもそんなこと正直に答えるわけがない。雑談のノリでする質問じゃないと思うの」
「東日本大震災から2年後に宮城から上京して、初めて会う人に絶対、初めましてと同じノリで大丈夫だった?と聞かれるたびに、傷ついた心に土足で踏み込まれた思いになってつらかったです。大丈夫以外の返答を受け止める覚悟があって聞いてないよねっていつも思ってました」
「父が亡くなった時、『そろそろ落ち着いたかな?大丈夫?』という質問が本当に辛かったです。多分気を使って心配しての言葉だろうけど、落ち着くって何なの?気持ちはずっと落ち着かないよ。大丈夫って何?何がどうなったら『大丈夫』になるんだろう…って」
「心配してくれてるからこそ、『大丈夫』って何もなかったって返せないことがつらかった。同じように思う方がいて当時、心狭いなぁ、余裕なさすぎるだろって自分を責めてたけどしょうがなかったんだなって思えました」