視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚…。これらの感覚が強すぎて困っている人たちがいる。兵庫県加西市に住む50代の女性は、嗅覚に加え、聴覚、視覚と三つの感覚が過敏だ。柔軟剤の香りやクラクションの音、LEDのライトなど身近な刺激に過敏に反応し、転倒することもある。だが、外見からは分からないため周囲に理解されにくく、生きづらさを抱えている。
8月中旬の日曜日。歩道を歩いていた女性は突然、犬の吠え声を浴びた。犬は車道を挟んだ民家の敷地内にいたが、驚きのあまり尻もちをついた。左脚が不自由なこともあって、動けない。結局、近くの行きつけの美容院に電話をして助けてもらうまで待つことになった。
女性は20代前半、新婚旅行先の海外でてんかんの発作が表れ、意識を失った。今も通院を続けているが、発作はもう20年ほど表れていない。しかし20代後半ごろからは、感覚の過敏さに悩まされているという。
感覚過敏は、てんかんの患者に見られることがある。当初はそれを知らず、耳鼻咽喉科で診てもらったが『耳や鼻を悪くすることはできない』と告げられ、絶望を味わった。それなら自分で聞こえにくくしようと、イヤホンを付けボリュームを最大にして音楽を聴いても変わらなかった。
嗅覚、聴覚、視覚…3つの感覚が過敏に
今は、就労継続支援B型事業所で働く。転倒は月に多いときで2、3回ある。
あらかじめ心の準備があれば大丈夫だが、突然犬に吠えられたり、車のクラクションを鳴らされたりすると困る。以前通った別の事業所では通所者が発した奇声に驚き、倒れて床で打ち付けた歯が歯茎にめり込んだ。路上で尻もちをついた時は、ジーンズがすり切れて買い換えなければならなかった。
人の衣服から放出する香りに出合ったときも、めまいがして倒れることがある。外国人がつけていた香水で意識不明になり、気が付くと点滴を受けていたことも。仕事はレジ打ちをしたかったが、リスクを考えてあきらめた。
視覚では、車のLEDライトが普及すると、夜間歩くのにまぶしさが耐えられなくなった。ただ、特別なメガネを購入したところ、改善できたという。
少しでも鈍感になるように…壁に頭を打ち付けてしまう
思い詰めると、周囲に理解されないつらさが募る。そんな夜、自宅にいると、嗅覚や聴覚が少しでも鈍感になるように、と壁に頭を打ち付けてしまう。生きていても一人娘に迷惑をかけると思い、死のうとしたこともある。だが「お母さんが死んだら、私の血縁者はいなくなるんやで」と諭され、泣きながら思いとどまった。
一番困るのは、買い物などで転倒すると救急車を呼ばれることだ。相手に悪気はないが、起こしてもらえれば歩いて帰れるのに、と思う。
そこで、「119番通報する前に一言声をかけて頂きたい」などと書いたチラシをよく行く量販店や飲食店、ごみ拾いのボランティア活動などで配るようになった。
女性は言う。「感覚が過敏で困っている人がいることをもっと知ってほしい。国やメーカーはそういう人のための商品をもっと開発してもらいたい」
みんなにとって過ごしやすい環境をつくる配慮を
感覚過敏は、生まれつき発達障害の特性がある人に多く見られるが、てんかんや認知症、うつ病などの精神疾患に加え、交通事故による高次脳機能性障害で表れることもある。
発達障害や感覚過敏に詳しい精神科医の黒川駿哉・慶応大医学部特任助教(36)は「感覚過敏は固有の病名ではなく現象。どこからが過敏かという定義づけは難しく、その人が社会的にどれくらい困っているかが問題だ」と話す。
過敏な人は、音や光などの刺激を受動的に浴びるときついというケースが多い。周囲の人に対して黒川さんは「大きな音が出るのが分かっていれば事前に教えてあげてほしい。公共の施設は防音用の『イヤーマフ』を置いておくのもいい」と助言する。
ストレスや不安が強まると感受性も高まるため、生活が順調なら和らぐ面もあるという。「刺激の回避は安心につながるが、社会と接点がなくなると不安が強まる。困っている人たちの孤立を防ぐ仕組みや雰囲気づくりが必要だ」
黒川さんが医療アドバイザーを務める「感覚過敏研究所」(加藤路瑛所長)では、当事者と家族が悩み事などを話し合うオンラインのコミュニティ「かびんの森」を運営する。同研究所は、感覚過敏を示す缶バッジを販売したり、音や光を避けてスポーツ観戦ができるような場所づくりに取り組んだりしている。
「日本では、普通とそうでない人という考え方が強すぎる」と黒川さん。診断名などでくくらない「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」という考え方を挙げ「異常だからではなく、みんなにとって過ごしやすい環境をつくるために配慮する。そんな優しさが当たり前になってほしい」と話す。
(まいどなニュース・神戸新聞/森 信弘)