ネットを検索すると「糖質制限ダイエットの第一人者が急死した」「糖質制限をすると早死にする」などといった糖質制限ダイエットの危険性を示す情報が散見されます。これが本当なら、健康で長生きするためには、糖質制限ダイエットを行ってはならないということになります。それでは、糖質制限ダイエットは実際に危険なのでしょうか?
特定の症例や短期的な研究から見た死亡リスク
そもそも食事制限によるダイエットを行う必要に迫られた人は、それまでの生活習慣により既に死亡リスクが高まっている可能性があります。そのため、たまたま特定の個人が急死したとしても、それだけで糖質制限による死亡とはいえませんし、ダイエットをしていなければ、より早く死亡した可能性もあります。
また、これまでに糖質制限ダイエットの有効性を調べた多くの研究が行われていますが、死に至るような重篤な事象が発生したという報告はないと思います。そのため、糖質制限ダイエットが死亡リスクを高めると結論付けることはできないと考えています。
一方、糖質制限ダイエットの中でも、炭水化物の量を20-50g/日またはそのエネルギー比率を10%未満と、極端に制限した食事を行うものを「ケトジェニックダイエット」といいます。ケトジェニックとはケトン体を生成するという意味です。ケトン体とは糖質が極端に制限された状態で脂肪から生成する代謝物で、糖質の代替エネルギー源になります。ケトジェニックダイエットの減量効果は高いのですが、制限が厳しいため強いストレスになりますし、便秘、頭痛、口臭、筋けいれんなどが高頻度に起こることが報告されています(※1)。この状態は少なくとも健康とは言えないため、極端な糖質制限ダイエットは行うべきではないと思います。
長期的な死亡リスクは…
糖質制限ダイエットが死亡リスクにどう影響するのかを直接調べた研究はありません。これは、そのような研究を何十年も続けることが現実的ではないためです。一方、根拠としてはやや弱くなりますが、自由に生活している集団の食事内容を調査し、その後の死亡リスクを追跡調査する観察研究により、糖質制限ダイエットの死亡リスクが推測されています。
アメリカのブリガム・アンド・ウィメンズ病院を中心とした研究グループは、45~65歳の1万5428人を対象とし、炭水化物エネルギー比率と死亡リスクの関係について約25年間の追跡調査を行いました。その結果、最も死亡リスクが低いのは炭水化物エネルギー比率50~55%であり、それより多くても少なくても死亡リスクが高まるというU字型の相関が認められました(※2)。なお、日本人成人の炭水化物エネルギー比率は平均56.4%であり(※3)、この最も死亡リスクが低い幅に近い数値になっています。
更にこの研究では、他の7つの研究を加えて43万2179人を対象とした解析も行っています。それによれば、炭水化物エネルギー比率が40%未満および70%超で死亡リスクが高くなることが分かりました(※2)。そのため、炭水化物エネルギー比率40%未満の糖質制限ダイエットは死亡リスクを高める可能性があると考えられます。炭水化物エネルギー比率40%は、平均的な食事を摂っている成人が1日に茶碗約1.5杯分のご飯を減らし、たんぱく質と脂質を主とする食品をやや増せば、到達すると考えられる値です。
リスクを避けることはできないの?
それではこのリスクを回避することはできないのでしょうか?この研究ではそれを示唆する結果も示されています。糖質制限ダイエットでは、糖質を減らす代わりに、脂質とたんぱく質は増やしてもよいとされていますが、動物性または植物性の食品で増やした場合の解析も行われました。その結果、動物性で増やした場合は死亡リスクが高くなるものの、植物性で増やした場合は逆に低くなることが分かりました(※2)。このことから、糖質制限ダイエットで増やすべきは、大豆などの植物性の食品ということになります。
また、私が特に気をつけるべきと考えているのは、食物繊維の摂取不足です。穀類などの炭水化物を制限するとどうしても食物繊維が不足しがちになります。食物繊維の摂取量が少ないと便秘になることはもちろんですが、死亡リスクが高くなるという観察研究の結果が報告されています(※4)。精白米のご飯には食物繊維があまり入っていないというイメージがありますが、最新の分析値では、ご飯1杯150gには約2.3gの食物繊維が含まれています(※5)。成人の食物繊維の目標量が18~21gであることから(※6)、ご飯にはそれなりの量が含まれているといえます。
極端に糖質を制限したダイエットは行うべきではない
根拠としてはやや弱いものの、長期的に糖質制限ダイエットを継続すると、死亡リスクが高まる可能性があります。このリスクは、炭水化物エネルギー比率が低ければ低いほど高まりますし、前述の通り、ケトジェニックダイエットでは副作用も生じます。そのため、極端に糖質を制限したダイエットは行うべきではありません。
一方、減らした炭水化物を大豆など植物性のたんぱく質や脂質に置き換えるとそのリスクが打ち消されるようです。また、食物繊維の摂取の減少もリスクになる可能性があるため、野菜類、豆類、きのこ類などをしっかりと摂るべきです。私としては、このような点を注意したゆるやかな糖質制限ダイエットであれば、大きなリスクはないと考えています。
◆御堂直樹(みどう・なおき) 東京医療保健大学・医療保健学部医療栄養学科教授。1965年生まれ。東北大学博士 (農学)。複数の食品メーカーにて商品開発や品質保証に従事した後、2021年から現職。専門は食品学、食品加工学、食品機能学。アメリカンフットボール、ボディビルディングに取り組み、ボディビルディングでは2002年に日本社会人大会で優勝した。全米ストレングス&コンディショニング協会(NSCA)が認定する、安全で効果的なトレーニングプログラムを計画・実行する知識と技能を有する専門職資格・CSCS(Certified Strength and Conditioning Specialist)を持つ。
◇ ◇
【参考文献】
※1 Yancy WS Jr et al, Ann Intern Med, 140, 769-777, 2004.
※2 Seidelmann SB et al. Lancet Public Health, 3, e419-e428, 2018
※3 厚生労働省, 令和元年国民健康・栄養調査
※4 Katagiri R et al. Am J Clin Nutr, 111, 1027-1035, 2020.
※5 文部科学省, 日本食品標準成分表 2020年版(八訂)
※6 厚生労働省, 日本人の食事摂取基準(2020年版)