7月1日に中国で改正反スパイ法が施行されてから1カ月半が経過した。従来では国家機密に触れるスパイ行為が摘発対象だったが、改正法では国家の安全や利益に関わる文書やデータ、資料、物品などにまで対象が拡大された。これまでのところ、スパイ行為の定義が大幅に拡大された同法によって日本人が拘束されたとの報道はない。
実際、中国の進出する企業の間では懸念の声がかなり広がっているように思う。これは筆者周辺の企業人たちの動きで、全企業のそれを反映しているとは一概には言えないが、「これから若い社員とその家族を上海へ赴任される予定だが、仮に拘束されれば我々はどう対応すればいいか分からない」、「徐々に人員を減らして事業をスマート化するべきかを検討している」などの声が広がっている。しかも、香港ビジネスからもこのような声が聞こえており、日本企業は香港の中国化を強く懸念している。
一方、産経新聞が7月に実施したアンケート調査(大手企業118社)によると、改正反スパイについて「大いに懸念している」が12.7%、「やや懸念している」は40.7%と過半数を超えた。この数字については様々な意見が想定されるが、筆者個人としては極めて少ない印象を受けている。言い換えれば、日本企業は対中ビジネスで政治リスクを十分に捉えていないと言えよう。
産経新聞の報道によると、これ以外は、「あまり懸念していない」が9.3%、無回答などで占められたという。
また、回答した企業の間では、約6割が「既に対応した」、「対応を検討している」としていたそうだが、多くの企業は駐在員や出張者に注意喚起したり、他社の状況をヒアリングしたりするに留まっていたという。駐在員の日常生活、出張社員の行動がスパイ行為として摘発されるリスクを前に、まさに各企業は手探りの状態だ。
中国ビジネスから脱皮を図るのは、日本企業にとって難題である。いくら日本企業の脱中国依存が進んだとしても、いざ日中関係が悪化した際には、日本企業の多くは撤退できないだろう。しかし、海外に進出する日本企業にとって最も重要なのは、モノや利益ではなく「社員の命と安全」でなければならない。
改正反スパイ法は、手続き上は、表面上は法であろう。しかし、その具体的な中身は政治で動く。その決定的証拠の1つが、これまでに拘束された人の国籍だ。
周知のように、反スパイ法が施行されて以降拘束された日本人は15人を超えているが、多くの外国人も拘束されている。たとえば、2019年1月には、2000年にオーストラリア国籍を取得し、スパイ小説の出版や中国政治に関する評論活動を行っていた男性がニューヨークから広東省広州の空港に到着後、中国当局にスパイ容疑で拘束された。
また今年2月には米メディアで、スパイ容疑などで出国できず拘束中の米国人が200人に上っていることが報じられた。さらに、中国遼寧省丹東市の地方裁判所は一昨年8月、国家秘密を偵察した罪に問われたカナダ人男性に対して懲役11年の実刑判決を言い渡した。男性は2018年12月に拘束された。
これら以外にも拘束ケースは多々ある。しかし、その者たちの国籍は、日本や米国、カナダやオーストラリア、英国や台湾などで、要は近年国際政治が流動的に変化する中、中国と政治的関係が良くない、対立している国家の国民が対象となっているのだ。反対に、反スパイ法でロシア人が逮捕された、ベラルーシ人が逮捕された、アフリカ諸国の国民が逮捕されたというケースは明らかになっておらず、事実上皆無なのである。中国と関係が良好な国々の国民は事実上、反スパイ法の摘発対象になっていない。
これを踏まえれば、改正反スパイも結局は政治力学によって運用されることは明白であり、日本企業はそれをもっと真剣に捉える必要があるのだ。