「ペットボトルのふたを開ける」「納豆をかき混ぜる」。当たり前のようなことも片手では大変難しい…そんなときに便利なアイテム一覧が、ツイッターで話題になりました。道具が開発された経緯や今後の展望について、投稿者と製作者に聞いてみました。
大阪公立大学でリハビリテーションについて教える、作業療法士の竹林崇(@takshi_77)さんが紹介したのは、色鮮やかな多様な道具。病気や高齢などが理由で体が動かしにくくなった人の動作を補助する道具を自助具と言いますが、片手でも使えるよう開発された自助具が「片手でできるプロダクト」です。
「片手でも両手でも切れる爪切り」「片手でレトルトパック開封&絞り出しキット」「片手でNintendo Switchを操作するキット」などが紹介され、「数週間前、父が軽い脳梗塞になりました。奇跡的に発見が早く現在片手だけが動かずリハビリを続けていますが本人は歯がゆいようなので、なにかできないかなと考えていました。このような道具達があるとは知らず大変勉強になり参考になりました」「私は左手に障害があり、『両手で何かする』ことが上手くできなくてつい、気持ちもモヤモヤしてしまうのですが、ツイートを見てこれは良い!素敵だ!と感動しました!」と家族や当事者からの声が寄せられていました。
また、「ペットボトルオープナーがめっちゃ便利そうなので自分用と母の分ぽちった」と実際に購入した人、「このペットボトルオープナー去年10月から使ってて、めっちゃ便利やからほんまにみんなにおすすめしたい。握って捻る動作がしんどいときは、柄の部分を柱とか机の角にエイッてするだけでも開けられるので、重宝してます」と使った感想を書く人も。さらに、「必要な方に届け〜」「印刷して利用者さんにお渡ししました!」と拡散に協力する人もいました。
「片手でできるプロダクト」は竹林崇さんと、作業療法士の川口晋平さんによる「isotope」が開発・販売。SNSで情報を発信するのが竹林さん、開発・製作するのが川口さんです。2人はどう出会い、片手用の自助具を作るようになったのでしょうか。
自助具は手作りの1点ものが多いが
竹林さんと川口さんが知り合ったのは、10年以上前。川口さんが竹林さんの病院に研修に訪れたのがきっかけで、脳卒中後のリハビリテーションについて一緒に研究するように。リハビリテーションに利用する道具を一緒に作ることもあり、その時から「対象者の方に役にたつ道具を」という意識が2人の中にあったそうです。
福岡県田川市で作業療法士としてつとめる川口さんは、自助具を取り巻く現状への問題意識を持っていました。自助具はもともと、担当している作業療法士がその人の状態に合わせて作り、退院する際に手渡すことが多かったそうです。その作業ができるのは退勤後、「必ずしも残業代や材料費がもらえたわけではないので、「働き方改革」などの影響で自助具を作る人は少なくなっていった印象です」と川口さん。
また、市販されている自助具は片手での使用を想定していないものが多いとのこと。片麻痺などで片手しか使えなくなってしまった人は少なくないものの、不自由ながら両手が使える人と比べると少数であることから、これまで市場として成立しなかったのではと川口さんは推測します。
そんな状況のなかで2人が出会い、「その気持ちが2年前(2021年)、『片手で開けられるペットボトルオープナー』という形で具現化しました」と竹林さん。趣味でものづくりをしていた川口さんが自宅にあった3Dプリンターで製作し、必要な時に購入できるようにとECサイトを立ち上げたのです。
できる限り、めんどうでないように
「作業療法士は日常生活の動作を『分析』します。例えば、両手でペットボトルを開ける時、右が利き手だった場合に左手でペットボトルを持って、右でふたをもって、指を少し曲げて、手首を左に曲げて……と、細かく関節の動きを見る。片手で行う場合、『なぜ開けられないのか』『どのようにしたら開けられるのか』というのを、”動作分析”しながら設計しています」と川口さん。
極力シンプルな構造にすることを大切にし、「使う人がめんどくさくないようにしています。例えばペットボトルにしても大きさに合わせてねじでしめるという動作が入るので、ただ上からはめこむような形にしました。なるべくワンアクションで使えるように心がけています」。
また、もう片方の手で支えるという動作が難しいため、自助具のなかにはテーブルなど上に固定して使用するものもあります。そういった場合は、しっかり固定できると同時に、片手で取り外しやすくするのだとか。
「例えば納豆をかき混ぜる時に使う自助具はテーブルの上に置いて、その上に納豆のパックをのせて使います。どうすればテーブルの上に固定できるかといろいろ考えあぐね、絨毯の裏側に付ける吸着テープを本体の裏に付けて、テーブルから外しやすくなるようにしました」。
そんな利用者のことを考えた、「片手でできるプロダクト」はビビッドな色づかいも特徴。「これまで販売されている自助具は、木調(ベージュ)のものが多かったんです。そこで、『もうちょっと楽しく使えればいいな』と。例えば赤と白とか、好きな色でまとめられるように色の種類を多く。色の違う外側と内側のパーツを組み合わせて楽しめるペットボトルオープナーもあります。3Dプリンターだったら、少量でもいろんな色で作りやすいんです」。
今回、紹介されたアイテムは25種ですが、ECサイトにはさらに多くの自助具を掲載。「最近は購入者から直接メールで『こういうのを作れませんか』と連絡がたくさん届くようになり、その人と同じ『困りごと』のある人は日本中である程度の数はいらっしゃると思っているので、基本的に問い合わせがあったものを商品化するようにしていますね。『片手で納豆かき混ぜるキット』や『片手で袖ボタン着脱キット』とかが誕生するきっかけとなりました」と、リクエストひとつ一つを大事に。
今後は現場を通じて、知ってもらえる工夫を進めたいそうで、「リハビリスタッフが自助具を勧めやすいツールがあったら、もっと広まるんじゃないかなと考えているんです。鹿児島で7月に開かれた『九州作業療法学会2023』に、チラシを200部持って行ったのですが、全部なくなるくらい盛況でした。情報がまとまったカタログのようなものなら、『こういうものがあったらいいですよ』って言いやすい。だから今後はカタログツールを作ったり、動画で使用方法を見られるようにQRコードをつけたり、直接購入できる場も設けていきたいです」。
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最初に作った「片手で開けられるペットボトルオープナー」(980円)は片麻痺の人に留まらず、高齢で握力が弱くなってしまった人にも反響があり好評に。その後も、「片手でコンビニおにぎりを開封できるキット」などの新作が新聞、ニュース番組、ウェブニュースといったさまざまな媒体で取り上げられてきたなかで、竹林さんは、「新しい道具を発表し、バズるとご興味はいただけますが、やはり『ひとごと』な部分はあり、一時的なブームで終わってしまいます。なんとか、世の中の皆さんのスタンダードとしてもらえるように、今後も発信を続けていきたいと思います」と語ります。
日本中に自助具を広めたいという大きな目標を持つ2人。このアイテムを必要としている人々に、スムーズに情報が届きやすい状況になることを願わずにはいられません。さらに、川口さんは、将来的に新人のリハビリ担当者に向けて、退院後の患者さんの日常の困りごとを一目でわかるようにまとめたマニュアル作りにも取り組まれたいとのことです。
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また「片手でできるプロダクト」の新作として、「食品用パウチを片手で開けられるオープナー」(880円・予約商品、8月20日から発送予定)を7月21日に発表。食品パウチのフタに加え、同じような形状のパウチタイプの飲料のフタも開けられます。これまで腕力がなくて、蓋がかたくて困っていたという人にも重宝されそうなアイテムです。
■竹林 崇(@takshi_77)さんのTwitterアカウント https://twitter.com/takshi_77
■川口晋平(@shinpei_31)さんのTwitterアカウント https://twitter.com/shinpei_31
■「isotope」のECサイト(BASE)「nico」 https://isotope.thebase.in/