滋賀初の銘柄イチゴ「みおしずく」九州勢に挑む 強豪あまおう、さがほのか席巻する売り場へ切り込む 近江牛、近江米に続く近江ブランド目指す

柿木 拓洋 柿木 拓洋

 近江米や近江牛に続くブランドの地位をめざすニューアイドルは、日本イチゴ界の“王様”に対抗できるのか。

 滋賀県で初となるブランドイチゴ「みおしずく」が2022~23年にかけ、県内のスーパーで売り出された。県が5年を費やして開発し、鳴り物入りでデビューしたが、ブランドイチゴが次々に誕生する中で支持を勝ち取るのは簡単ではない。

 大粒のイチゴのパックを次々手に取った客の行列でレジは混雑した。滋賀県草津市のスーパー「アル・プラザ草津」で1月初旬に開かれたみおしずくの販売会は、大盛況だった。はっぴ姿で迎えた三日月大造知事は「甘みと酸味のバランスが素晴らしい。ギフト用にもどうぞ」とトップセールスした。

 1パック780円のみおしずくを買って食べてみた。ほかのブランドイチゴと一線を画すのは、色味だろう。スカーレット(緋色)と表現される見た目は、流通するイチゴに多い深紅の色よりも淡い。口にすると、花のような香りとさわやかな甘みを感じ、歯ごたえもしっかりしていた。

 みおしずくの品種育成は、2016年にスタートした。「親」に当たるのは、三重県が開発した「かおり野」と静岡県生まれの「章姫(あきひめ)」。かおり野は、ほどよい酸味とフレッシュな香りに特徴がある。章姫は、かつて東日本を席巻した「女峰(にょほう)」をルーツとし、甘みが強い。

 滋賀県農業技術振興センターはこの2品種を交配し、1年目で約1600の候補に絞った。その後は味や香りなどに優れた系統を1年ごとに60→6→2→1と選抜した。担当者が食べ比べたイチゴは「多い時で1日に200個」(栽培研究部)に上ったという。

 5年の歳月をかけてえりすぐった品種が、「滋賀SB21号」だった。ブランド名の公募に寄せられたのは、県の予想を大きく上回る約7600件。名称は、したたる滴のような形とみずみずしさを表現した「みおしずく」に決まった。

 滋賀がブランドイチゴ市場に参戦するのはなぜなのか。関西のスーパーや青果店に並ぶイチゴは、九州産が圧倒的に目立つ。中でも販売20周年を迎えた福岡県の「博多あまおう」は国産イチゴのトップブランドとして君臨し、人気は絶大だ。ほかにも長崎県の「ゆめのか」、佐賀県の「さがほのか」、熊本県の「ゆうべに」といった強豪のライバルがひしめき、競争の厳しさは想像できる。

 そんな中で滋賀県が新規参入するのは、県内の特殊なイチゴ事情があるからだ。農林水産省によると、全国のイチゴの栽培面積は2021年で4930万平方メートルと前年より1・8%減少したのに対し、滋賀県では伸び続けている。20年までの7年間で面積は3割広がり、20万平方メートルを超えた。県によると、イチゴを生産する新規就農者が増えているからという。

 なぜ、イチゴ農家が次々に誕生するのか。その答えの鍵は、品種構成にある。県内で最も多く栽培されているのは、章姫だ。22年2月時点の比率は55%で、2位の紅ほっぺ(23%)、3位のかおり野(7%)などと比べて群を抜く。

 みおしずくの親でもある章姫は、酸味が少ないため甘みが際立ち、大きく育ちやすい。一方、ジューシーな果実はやわらかく、長距離輸送に不向きでもある。ご当地のブランドイチゴがなかった滋賀はもともと農園でイチゴを売る生産者が多く、「傷みやすい章姫は直売のスタイルにマッチする品種だった」(県食のブランド推進室)。

 また、直売は輸送や中間流通のコストがかからず、生産者が自ら価格を決められる。農業技術振興センターの担当者は「イチゴの直売の粗利率は約50%と言われ、ほかの作物より格段に高い」と説明する。新たに農業を始める多くの人が経営を安定させるためにイチゴ栽培、中でも直売に合った品種の章姫を選んでいると言える。

 20年に滋賀県野洲市でイチゴ栽培を始めた河野博樹さん(39)もその1人。自動車工場の派遣社員などを経て就農を志し、イチゴ農家のもとで3年間修業した。1400平方メートルのハウスで章姫と紅ほっぺを中心に育て、農園で販売している。

 安心して食べられるよう無農薬栽培にこだわり、虫の駆除や摘果などの世話に日々追われる。「何とかイチゴで家族を養えている。手間はかかるが、横浜などからイチゴ摘みに立ち寄る人もいてありがたい」と河野さんは話す。

 ただ、このままイチゴを直売する生産者が増え続ければ、激しい価格競争に陥る恐れもある。みおしずくは、イチゴ農園が淘汰(とうた)されないようにするため、スーパーなど一般市場に流通させる品種として生み出された。県は「現在の直売スタイルは維持してもらいつつ、新たに就農する人や規模拡大をめざす人に活用してもらう」と戦略を描く。

 実際、店頭でのイチゴ人気は高い。滋賀県に本社を置くスーパー大手の平和堂では、全店のイチゴの年間売り上げは約14億円と10年前より4億円伸びた。果実担当バイヤーの大角武司さん(42)は「果物の人気トップは長らくバナナ、ミカン、リンゴでしたが、現在はリンゴに代わりイチゴがトップ3に入っています。包丁を使わず簡単に食べられるものが好まれます」と指摘する。

 とはいえ、消費者の選別はシビアだ。平和堂が各店で扱うイチゴは10~15品種。全体の3割は「博多あまおう」が占め、このシェアは10年以上も不動という。大角さんは「あまおうはシーズンを通して品質が安定し、消費者の信頼感も強い。イチゴはブランドの指名買いが多いため、売り手から見れば売り場が非常に作りやすいんです」と話す。

 これに対し、滋賀県は「味ではあまおうにも負けていない」と、みおしずくの実力を強調する。市場流通を考えれば、問題は供給と品質の安定に向けて、県内の生産者が一つにまとまれるかということになる。滋賀県食のブランド推進室マーケティング係長の松尾多希子さんは「みおしずくは生まれたばかりだが、すでに正念場。生産者の組織化を支援し、基盤を整えるのが次のステップです」と見通す。

 みおしずくは激烈な競争をくぐり抜け、「近江イチゴ」の地位に上り詰められるか。知名度アップのプロモーションとともに、まずは地元消費者の心をつかむことができるかが勝負になる。

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