「ユメノツヅキ」で味わう夢心地、里山プロジェクトの結晶は蔵出し即完売~鉄爺里山へ行く#8

沼田 伸彦 沼田 伸彦

 丹波篠山の里山プロジェクト「ミチのムコウ」一年目の足跡、栽培した酒米五百万石を使った発泡性の純米生酒「ユメノツヅキ」は12月15日から蔵出しが始まった。一口3万円でプロジェクトに参加した人には720ml瓶が6本届けられる。地元の酒蔵、狩場一酒造のタンクで醸されたお酒は720ml瓶にして約1200本分。600本分が参加者に送られ、残る600本は予約も含めて一般に販売された。

 その日、この半年余り通い慣れた道を車で狩場一酒造へ向かった。駐車場に車を入れたのが午前11時過ぎ。酒蔵のショップは10時オープンだ。車数台分の駐車場にはすでにひっきりなしに車が出入りしていた。中に入ると、新酒のシーズンとあって看板の「秀月」を求めて地元のファンが駆けつけている様子だった。

 順番を待って名前を名乗り、予約してあった「ユメノツヅキ」10本を受け取りに来たことを告げた。まさかとは思ったが、尋ねてみると一番乗りなんてとてもとても。「もう何組か受け取りに来られましたよ」と笑われた。

 冷蔵庫で冷やしてあったグリーンのボトルを段ボール箱に入れてもらった。「20日ごろが一番の飲み頃ですよ。特にいったん開けたら、できるだけ早く飲み切ってください。それから栓を開ける前はこれをよく読んで。普通に開けるとお酒が噴き出して大変なことになります」とパンフレットを渡された。

 ボトルの底にはふわふわと積もった雪のように、醪(もろみ)が沈殿している。およそひと月前の酒蔵見学の際はまだタンクの中に収まっていた酒が、場所を移し、それでもまだ発酵を続けながら手の中にあることを実感した。

 10本の酒の行き先はすでに決まっている。その内のひとりはこのシリーズでも紹介したことがある阪神タイガースの真弓明信さん。里山での農作業に興味を抱いておられることを聞いた時から、出来立てを1本届けることを約束してあった。

 自宅からほど近いところにある真弓さんのお宅を訪ねたのは12月18日のこと。一番の飲み頃が20日頃に訪れること、開栓時の要注意事項を伝えた上で汗をかいているボトルを手渡した。

 そしていよいよ20日の夕餉。自らにあてがったボトルを冷蔵庫から取り出し、おごそかな気分でキャップをひと捻りした。キリッと金属が切れる音がするやいなや、瓶の底から物凄い勢いで泡が湧き上がってくる。慌てて栓を締め直す。するとほぼ注ぎ口まで上がってきていた泡が徐々に収まっていく。再び栓を捻る。泡が噴き出そうとする。栓を締める…この作業を何度繰り返しただろうか。そのうち、さしもの泡の勢いも衰え、栓を捻っても注ぎ口までは上がってこなくなった。もう大丈夫。栓を取り去り、取って置きの切り子のグラスに巻き上がった醪で薄く白濁した酒を注いだ。

 5月の田植えに始まり、8月末の稲刈り、その間の諸々の付随作業を思い返す。生まれて初めて経験した一連の米作りと、目の前にあるその結晶。その間わずか7カ月。ひと口の酒にこれほどの感慨を抱いたこともない。口に含むと思った以上に強い発泡感がいっぱいに広がった。アルコール度は15度から16度とあるが、飲み下すとそれ以上の強さが伝わって来た。

 ちょうど半量を飲み、しっかりと栓を締め直して残りは翌日に残した。一日経つと栓を捻っても軽くプシュッという音がするだけで泡が立ち上ってくることもない。口に含んだ時の発泡感も然り。食事に合わせるならこちらの方が向いているかもしれない。瓶の底に溜まっていた醪のせいで、最後の方になるとにごり酒の風情になった。

 ちなみに一般販売分は12月18日には完売した。2年目となる今年もこの酒米プロジェクトは計画されていて、しぼりたて、ひやおろしといった時期の違う酒をいくつか造って味の違いを楽しむアイデアも練られている。2月には一般参加者の募集が始まる予定だ。

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