加速する“メタ社会”
かつてVR SNSと呼ばれ、いまでは「メタバース」という呼び名が一般的になりつつある、バーチャル空間を複数のユーザーで共有するプラットフォーム。「meta(旧:Facebook)」や中国のメガベンチャーをはじめ、世界中でビジネス活用が目覚ましいジャンルだ。日本でも大阪万博をめがけて府とKDDIが「バーチャル大阪」を立ち上げるなど、官民問わず注目を浴びる。
ユーザーはメタバースのなかでは思い思いの「アバター」をまとい、時には現実世界の自分とはまったく違う存在として活動する。ヒット映画『竜とそばかすの姫』でも描かれた新しい=もうひとつの社会である。さてそんななか、メタバースのなかで実に面白い活動を見つけた。
場所は、メタバースの先駆けといえる2017年オープンのプラットフォーム「VRChat」。ユーザーが自由に「ワールド」と呼ばれる空間をつくることができ、雑談からライブ活動まで多様な使い方ができる。ユーザー数は約43万。常に2万~8万のユーザーがVRchatに接続していると言われる、世界最大のメタバース空間である。そのサービスを利用し「映画」を撮影している団体があるというのだ。
監督・だめがねさんと、監督・中田らりるれろさんに話をきいた。
作品はYoutubeで公開されている。
【作品情報】
■『プロジェクト:エメス』監督:だめがね氏
■『NINE』中田らりるれろ氏
今回取り上げる2作品は約40分程度の手の込んだフルCGのSF映画で、全編がVRChat内でのカメラ機能を使って撮影。スタッフは映画制作のアマチュア、出演者はもちろん全員がアバターだ。
自主映画…といえば、ひとむかしまえは志の高い(ちょっとひねくれた)映画青年たちが現場で議論をたたかわせながら、制作に熱中したものだが、なんと彼らは実際に会ったこともなく、お互いの年齢も仕事も知らないという。映画仲間であるだめがねさんと中田さんも、メタバースの中でしか交流することがない。そんな関係で映画をつくることができるのか? 素朴に疑問だった。
取材するうちに、メタバースで生きる世代のリアルが見えてきた。
新世代のアマチュア映画
ーー 作品を見て、とても新鮮でした。カメラワークも凝っていて、爆発シーンや大がかりなアクションもあります。出演者が、それぞれ全く違うデザインのアバターたちということにも意外な面白さがありますね。色々なおもちゃが共演する「トイ・ストーリー」のような印象も受けました。
だめがね: もともと「攻殻機動隊」をはじめとするサイバーパンクと呼ばれる世界観が大好きで、その影響を受けています。
ーー VRChatのなかでは、さまざまな活動がありますが、映画制作はブームになっているのでしょうか?
中田: ドキュメンタリー作品は見たことがありますが、私たちが知る限り日本のコミュニティで劇映画を撮っているユーザーは多くないと思います。
ーー制作スタッフはどうやって集めるのですか。
だめがね: 主に友人づてです。私の主催している創作プロジェクト「ホテル・カデシュ」では、少しづつ人数を増やしながら現状22名でスタジオを運営しています。様々なワールド(セット)を所有しており、そこを拠点に映画撮影を行ってきました。
中田: 私はVRChat内でバーを開いていて、カウンターに立つときはTwitterでつぶやいておくと、誰かが店を訪ねてきたり、来なかったり。そこから交流が広がることもあります。
―—メタバースの中で、ホテルとバーですか。
中田: 飲食店をやっている人は多いですよ。お金はとれませんが(笑)。
だめがね: VRchatの楽しみ方は、主に自由にワールドを巡って遊ぶこと。イベントも行われますが、多くは決まった目的がありません。だからこそいろいろな出会いが生まれます。
ーー場が提供されているのみ、ということですね。なるほど、SNSと近いです。ほとんどのユーザーは匿名ですか。
だめがね: ええ。しかもメタバースの特徴として、ロールプレイが非常に盛んなんです。アバターを通しての交流ですから、いわば、常時ロールプレイをしているのに近いのかもしれません。
中田: 自分もだめがねさんのことは「パグ」だと思っています(笑)。
きっかけはコロナ禍
ーー実際、その仲間で映画を撮ることになった理由は?
だめがね: ずっと映画を作りたかったんですよ。コロナ禍に入ってから趣味があう人どうしでオフ会が開きにくくなって、リモートのコミュニケーションがもりあがってきました。それでVRchatにハマりました。世界中のユーザーと交流が増え、これなら映画もできるかなと。
中田: 私は「だめがね」さんの映画を通じて交流を持ち、自分でも撮影したいと思うようになったんです。
だめがね: 素人が、劇場映画のようなSF大作を撮影することは不可能に近いでしょう。でもVRChatのなかなら、どんなカメラワークも自由自在。巨大なセットもつくれるし、大規模なアクションもやれる。車が転倒しようが、爆発を何回起こそうが、ほぼ無料です(笑)。
中田: しかもスタッフは世界中から有志を募ればいい。もう「素人が大作映画をつくるなんて無理」と言い訳はできない時代になりました。
ーー制作費を伺ってもいいですか。
だめがね: 約100万円。ほとんどは「海上都市 エメス」をはじめ、VRChat内でのワールドの制作費です。この映画のために街を一つ作りましたから。
――広大なロケセットを建てる感覚ですね。100万円は個人で出すには高額ですが、映画制作費として考えれば破格に安いですね。
中田: 映画のおかげで「エメス」へのアクセスは延べ2万人以上にもなっています。“聖地巡礼”をしているファンの方までいます。私の映画はそのセットの一部を使用させていただいて撮影していますから、もっと制作費は安いですよ。素材を買い足して、のべ30万円くらいかな。
――制作中、大変だったことは。
中田: 一番苦労したのは、スタッフや出演者のスケジュール合わせ(笑)。みんなアマチュアで昼間は仕事があり、夜な夜なVRChatに集まって撮影をしていましたから。学生が放課後に遊ぶノリに近かったですね。
ーースタッフの方は自宅から撮影に参加しているということですよね? 演技をするときは映画の中のキャラクターと同じ動きを自宅でしているということ?
だめがね: 詳しくは確認していませんが、そうだと思いますよ。VRChatのためにスタジオを借りている人はほぼいないんじゃないかな。アバターの動きは、コントローラーとVRゴーグルに漬けられたセンサーで周囲との距離を感知し、本人の動きとアバターを同期させています。
――素朴な疑問ですが、その場に居合わせているわけではないのに、よく演技がピッタリ合いますね。
中田: そこは相当苦労しました。普通のコミュニケーションと違って映画の演技は呼吸や間合いが大事になる。でも通信の遅延があるので、どうしてもアバターの動きがちょっとずれてしまうんです。NGシーン集が作れるくらいリテイクを繰り返しました。
だめがね: メタバースならではの難しさだよね。案外、生身だと何でもないことができない。椅子からまっすぐ立ち上がるとか。あと…何歩も歩くというのが難しいんですよ。部屋の広さに限りがありますからね(笑)。
中田: 歩くシーンだけ別の人が担当することもありますね。部屋が広い人が。
ーーえっ、アバターの持ち主じゃなくてもいいんですか?
だめがね: 複数人で共有できるアバターもありますから。
中田: 持ち主の方の演技指導が入ったりしますよ、姿勢が違うとか(笑)
ーー いろいろなデザインのアバターが出てくるのも新鮮でした。
だめがね: デザインがバラバラで気になるという人もいますが、アバターには3D、2D風のもの、フリー素材のアバターをカスタムしたものから、フルオーダーでモデリングするもの、本人の生身をそのまま3Dスキャンした「リアルアバター」まで豊富です。ルックスが統一されていないのは、メタバースのなかでは自然なことなんですよ。それぞれの個性や価値観を反映したアバターが混じっている。大事なのはあくまでドラマの面白さです。
中田: そうですね。アバターのデザインの良し悪しで出演をオファーしているわけでもないんです。もっとも大事なのは一緒に映画を作っていく仲間として信頼できるかということ。どんな姿のアバターを使っていても、結局は人格、人柄ですよ。
だめがね: 次回作もまもなく完成します。いつか制作費を回収できるといいなあ(笑)。
◇ ◇
メタバース映画は、劇場映画と同レベルのクオリティを持っているとはまだ言えない。しかし昨今のVRの爆速といえる発展と、何より今回インタビューさせてもらった監督らの創作への情熱には充分期待をかけられると感じた。将来の世界的な映画監督はメタバースから生まれるかもしれない。
そしてーーもしあなたが映画作りをあきらめかけているのなら、まだ間に合うだろう。
(まいどなニュース/BROCKメディア・祢津 悠紀)
◇ ◇
【取材協力】
▽だめがね 氏
・Twitter https://twitter.com/emegane1029
▽中田らりるれろ 氏
・Twitter https://twitter.com/nakadarariri
【関連情報】
ホテル・カデシュ最新作『掌』(2022年11月30日公開)
・Twitter https://twitter.com/HOTELQADESH_VRC