「UFO仮面ヤキソバン」「ソフトバンク白戸家」などの個性的なCMを手掛けたことで知られる、劇作家で映画監督の山内ケンジ。唯一無二の作品世界を構築する独特なセンスもさることながら、自身が率いる劇団・城山羊の会では大ブレイク前の岸井ゆきのや松本まりかを起用。実力派俳優を見極める鑑識眼にも定評がある。曰く、ブレイクする逸材には共通項があるらしい。それは「やる気ありあり」というアグレッシブな姿勢だ。
上昇志向と稽古の鬼
城山羊の会の舞台『あの山の稜線が崩れてゆく』(2012年)、『身の引きしまる思い』(2013年)、監督作『友だちのパパが好き』(2015年)で岸井を起用。「岸井さんは先天的に演技が上手くて魅力的。どんな小さな役でも貪欲にこなしていく上昇志向は当時からありました」と分析する。
松本は城山羊の会のオーディションへの参加をきっかけに、舞台『効率の優先』(2013年)、『水仙の花narcissus』(2015年)に出演している。「松本さんはとにかくこだわる人で、自分が納得するまでやめない稽古の鬼。苦悩やコンプレックスを自分の力に変えることができる人でもある。岸井さんと松本さんともに、やる気ありありの女優さんです」と評する。
二世帯住宅を舞台にした子作り悲喜劇ともいえる新作映画『夜明けの夫婦』(7月22日公開)主演の鄭亜美は、城山羊の会の常連女優。映画初主演ながらも堂々たる体当たりを見せて、義母からの子作りプレッシャーに押しつぶされそうになる人妻を演じている。
「演劇界隈では引っ張りだこの実力派。肌を露出するシーンにも果敢に挑み、かつ僕が書いたセリフをしっかりと自分のものにしている。かなりの逸材」と本作を契機にした大ブレイクを確信している。
映画は収支の合わないもの
『夜明けの夫婦』のメインロケ地は、なんと山内監督の実家。キャストは主に城山羊の会おなじみのメンバーで固めて、スタッフも少人数。撮影も撮れるときに無理なく撮るというスタンスで行われた自主制作映画だ。予算潤沢な有名CM作を数多く手がけ、多数の賞を手にしてきた人物がここにきて何故インディペンデントな映画作りを選択したのか?
「映画監督として『ミツコ感覚』『友だちのパパが好き』『At the terrace テラスにて』と作品を重ねてきましたが、どれも演劇に比べて予算回収がまったくできませんでした。映画とはこんなにも収支の合わないものなのかと厳しさをしみじみと感じました。ならば最初から制作予算をかけなければいいのではないかと、超自主映画に辿り着きました」と打ち明ける。
しかも『カメラを止めるな!』(2018年)以降、自主制作映画に対する観客の関心も高くなっている。「それに加えて10年前では考えられないくらいデジタル技術も向上。技術力さえあれば数人でも質のいい映画が作れるような時代でもあります」と時代の変化も追い風に。
辿り着いた“老人性”自主映画
CMディレクター時代は「ほかとは違う際立ったものを作るという気持ちで、もはや仕事という意識はなかった」とクリエイター魂を爆発させてきた。完全自主映画『夜明けの夫婦』を完成させたことで「原点に戻ったような気分」なのだという。
「自主映画というと“若手”のイメージがあるけれど、僕はそのイメージを逆手にとって“老人性”自主映画という新たなジャンルを確立させたい。若い人によるクオリティの高い自主映画がたくさんある中で、制作の方法論は似ているけれど、若い人たちにはできない“老人”ならではの深みのある映画を作っていきたいです」と野望に燃えている。