「パトロールに行くから、窓を開けて」それがボス猫の最期の姿 20年寄り添った家族にも「強い猫」でいたかったの?

ふじかわ 陽子 ふじかわ 陽子

一昔前は猫の完全室内飼育などされておらず、勝手にお散歩へ出かける猫ばかり。のんびりした地域なら、なおさらです。夜になると猫の集会があちこちで開かれ、その中心にはボス猫がいました。

ボス猫は腕っぷしが強いだけでなく、地域の猫の信頼が厚いのも条件。その条件を満たし、約6年間メスのボス猫として君臨した猫がいます。福岡県で暮らすI家のウメちゃんです。

メスのボス猫になったウメちゃんはとても面倒見が良く、お散歩から帰ってくると必ずお母さんに手土産を渡します。まあ、スズメやトカゲ等の小動物なのですが…。

お母さんはウメちゃんの厚意だと分かっていますから、叱るに𠮟れません。まだ生きているものはウメちゃんに分からないようこっそり逃がし、絶命しているものは庭の花壇に埋葬していました。

ある初夏の日のこと。家の向かいの空き地から、けたたましいツバメの鳴き声が聞こえてきます。何だろうと見に行くと、ツバメたちが急降下を繰り返し何かをつついているみたい。よくよく見ると、ツバメにつつかれているのはウメちゃんです。お母さんは悲鳴を上げてしまいました。

その声に気付いたウメちゃんは、お家へ一目散!お母さんに窓を閉めてもらうのですが、ツバメはそれでも諦めません。窓へ向かって飛んできます。どうやらウメちゃん、ツバメにまでちょっかいをかけた模様。これがだいぶ怖かったのか、以後小鳥を獲ってくることはなかったといいます。

こんなにやんちゃになるとは、出会ったころは誰が想像したでしょう。いや、片鱗はあったかも…? 実はウメちゃん、生後半年ぐらいの時にI家に押しかけてきたんです。その時は、病的なほど猫嫌いなお父さんにバレないよう、お母さんがこっそり追い払ったんです。でも、半日も経たないうちに再度現れて…。

「こんなもんじゃ、わたしを追い出せないぞ」

こんなことを言っているかのように、毛づくろいをしながら余裕の表情。猫好きのお母さんと子供たち3人は嬉しい反面、お父さんが怖かった。それでも家に来てくれたウメちゃんを大切にしたいと思い、お父さんに隠してお世話をします。

お父さんが出張でいない時は家の中でも遊び、避妊手術もお父さんがいない時にやってしまいました。動物病院で「この子は飼うの?」と聞かれた時、お母さんは力強く「ハイ」と答えます。でも、やっぱり気がかりなのはお父さんです。

ついにウメちゃんの存在が、お父さんに明らかになる時が訪れてしまいました。お家に居着いて2カ月ほどのこと。もうウメちゃんを家の子にすると決めているお母さんは、腹を決めてお父さんに言います。

「この子はウチの子にします」

それから深々と頭を下げました。3人の子供たちも一緒に頭を下げ、お父さんにお願いです。今までこんなことなど一度もありませんから、お父さんはタジタジ。ここで断れば、猫でなく自分が捨てられる危険性もあります。首を縦に振らざるを得ませんでした。

晴れてI家の猫になったウメちゃんは、今まで以上に家族の一員として働きます。小学生の子供たちとは一緒に駆け回り、介護が必要なお祖父ちゃんやお祖母ちゃんが家へ迎えられると寄り添います。猫嫌いのお父さんは避けていましたが、10年ほど経つと寝転がっている時にお腹を踏んずけていくようになったのです。お父さん、踏まれているのに何だか嬉しそう。

「猫って案外可愛いんだな」

年月は過ぎ、ウメちゃんがボス猫の座を下りることになった時、当初そのことをウメちゃんは家族に伝えませんでした。ずっと強い猫でいたいと思っていたのでしょう。でも、お母さんは気付いたんです。家族だから。以後、夜のパトロールで若い猫の近くは、お母さんが抱っこして通り過ぎるようになりました。

更に年月は流れ、ウメちゃんは20歳。子供たちは全員独立し、お母さんも50代後半に差し掛かっていました。このころお母さんの実母が認知症になり、長い介護が始まりそうな予感が…。ウメちゃんも病気を抱えていますから、ダブル介護になります。お母さんは途方に暮れていました。

それを察したのかウメちゃんは、自分から道路を走る車の前に飛び出したのです。あっという間の出来事でした。その時は一命を取り留めたのですが、少し体調が回復した日の午前3時。若い時のようにニコニコ元気な姿でお母さんを起こしにきたのです。

「少しパトロールに行くから、窓を開けて」

これがお母さんの見たウメちゃん最期の姿でした。30分も経たないうちに何羽ものカラスが甲高い声で鳴き始め、ウメちゃんの命が消えたこと知らせました。最後まで家族には強い猫でありたいウメちゃんらしい旅立ちです。2018年10月8日のことでした。それからのことを、お母さんはあまり覚えていません。

ウメちゃんが虹の橋のたもとへ行き、3年半が経ちます。ようやくお母さんはウメちゃんの楽しかった思い出を語れるようになりました。それまでは嬉しかったことや楽しかったことを思い出すだけで、つらくて胸が痛くなっていたんです。

でも今は孫も生まれ、新しい「楽しい」や「嬉しい」を感じられるようになりました。それに、近所に住む親友の飼い猫「ちーちゃん」と交流が深まるにつれて、どんどんとウメちゃんが思い出になっていったのです。

お母さんはもう猫と暮らすつもりはありません。孫に猫アレルギーがあると分かったことも大きいですが、二度とウメちゃん以上の猫とは出会えないから。子育てや介護を一緒に乗り切った、戦友ともいえる存在がウメちゃんなのです。

リビングにある小さなウメちゃんの仏壇は、いつまでもお母さんを励まし続けます。

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