ノンフィクションライター、井上理津子さんの新著「ぶらり大阪 味な店めぐり」(わたしの旅ブックス、1320円)が書籍化され、話題になっている。朝日新聞大阪本社版夕刊で連載していた「味な人」からセレクトしたもので単なるグルメ本と違い、個人経営の人物にもスポットを当て、名物メニューを紹介しているのがミソ。「良店にこの人あり」というわけだ。
待ちに待った書籍化といえば、少しオーバーだろうか。しかし、今回、出版された「ぶらり大阪 味な店めぐり」を早速手に取ると、いかにも人情派の女性作家らしい温かみが伝わって来た。
読み進めて行けば、いわゆるグルメガイドとは一線を画しているのは一目瞭然だ。店主との小気味いい会話が展開され、店内の息遣いのようなものまで感じられる。筆者がこだわったのは個人経営の小さなお店。大阪を中心に京都、滋賀、奈良、兵庫と関西各地をぶらりと巡り、ピンと来た良店を取り上げている。
なるほど「おいしい」「安い」だけではなく「感じいい」の3拍子そろっているところが大きなポイント。やはり、店の雰囲気は料理の味を一段と引き立てるものだからだ。
どれどれ、とページをめくる。登場する「味な店」は厳選67店舗。和食から中華、フレンチ、イタリアンなどバラエティーに富んでいて、しかもディープだった。私自身、グルメとまでは言わないまでも、かつてデイリースポーツ大阪版で立ち呑み連載「おやじ記者 チコちゃんが行く」を担当していたこともあり、個人的に知っている店が何軒かあると思ったが、意外や意外。訪れたことがあるのは「かみなり亭」(大阪市中央区)の1軒だけだった。
さすが、四半世紀以上も大阪でライターをし、下町酒場巡りや名物メニューを紹介する記事を書いていただけのことはある。しかも、かみなり亭のおやじさんが今年1月にお亡くなりになっていたのをこの本で知ろうとは…。名物メニュー「かも鍋」を取り上げたこの回は臨場感があって、特に秀逸。在りし日のおやじさんの笑顔が目に浮かんでくるようだった。ぜひ、手に取って味わっていただきたい。
そんな井上さんは大阪で活躍後、現在は東京を拠点にしている。これまで色街、葬送、看取りなどをテーマに、どちらかといえば目立たない側の人間模様を丁寧に描いて来た。今回の出版に際してはコロナ禍と重なり、気をもんだそうだが「できることを精いっぱいやっているよ」という店主たちの声に励まされ、勇気をもらったとも言う。
そうそう、この本の良さはサイズがコンパクトで持ち運びに便利。それと夕刊用に書かれていたことから1軒につき「約560文字」と、店の売りがギュッと凝縮されているところだ。また表紙以外はカラーではなく、名物メニューもモノクロだが、これがかえって想像力をかき立ててくれる。自分で色をつけ、実際にお店に足を運んで確かめてみるのもひとつの楽しみになりそうだ。
この本に書かれているように関西は「場当たり的に入って店で”はずれ”が少ない」「能書きたれずに、さくっとすごいものが出てくる」など、共感する部分は多々あった。なかでも「そうそう」と、深くうなずいたのは「旅と味は切っても切れない関係」という一節だ。
井上さんは「関西の人には近くのおいしいお店でほっこりしてもらいたいですし、他の地域の人には関西に出かけた際に、ぜひ訪ねていただきたいです」と話し「全国にある味な店がいつまでもあり続けることを心から願っています」とエールを送った。
この本を手に、早速ぶらり食べ歩きがしたくなった。
◆井上 理津子 1955年奈良市生まれ。大阪のタウン誌「女性と暮らし」編集部勤務を経てフリーライターに。2010年から拠点を東京に移したが、大阪びいきは変わらない。人と町、市井と人情にこだわり執筆活動。著書に「さいごの色街 飛田」「葬送の仕事師たち」「絶滅危惧個人商店」「関西かくし味」「旅情酒場をゆく」「親を送る」「すごい古書店 変な図書館」などがある。