停戦→安定構築のために知っておきたいウクライナ問題の複雑さと背景

「明けない夜はない」~前向きに正しくおそれましょう

豊田 真由子 豊田 真由子

先月24日から始まったロシアのウクライナへの侵攻、攻撃は激しさを増しています。

爆撃で破壊される建物、横たわる遺体、負傷した人々、地下シェルターで、あるいは、避難先で悲嘆に暮れる人々…。この21世紀の世界で、どうしてこんな悲劇が繰り返されるのか?この大いなる不条理を前に、世界は困惑し、なんとか解決を模索しようとしています。

(※)わたくしはロシアや軍事の専門家ではありませんので、本稿は、主に欧米の当局や主要メディアの情報(戦時下ですので、公式発表や報道が正しくない場合もあろうかと思いますが)をベースに、欧米・アジアやロシアの知人(母がロシア語の通訳をしていたので、旧ソ連邦時代から交流があります。)とのやり取りや、わたくしの外交や政治での経験を踏まえた見解を加え、状況をちょっと深掘り&分かりやすくお伝えすることを企図したものとなっています。

またその際は、西側の価値観に依拠しつつ(日本国の行政・政治に携わってきた者でありますので)も、単純な「善」と「悪」の二元論には陥らずに、複雑な歴史も踏まえ、それぞれの行動や事象の背景にあるもの・リアルを、見極めるよう意識しました。

現在の状況は?

ロシアのウクライナへの攻撃が激しさを増し、各地で痛ましい犠牲が増えています。

特に南部港湾都市マリウポリへの攻撃が激化しており、市民約3000人超が亡くなり(国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ)、インフラの9割が破壊され、水道・電気・エネルギー供給が止まった、とマリウポリのオルロフ副市長が、22日、米CNNに話していました。

地図をご覧いただくとお分かりのように、マリウポリは、ロシアの支配地域である東部ウクライナ(ドネツク・ルガンスク)とクリミアの間に位置しており、ロシア軍は「マリウポリを陥落させ、支配地域である東部ウクライナとクリミア半島をつなげ、要衝オデッサまで続くウクライナ南部を掌握したい」との思惑を持っていると言われます。

戦況は、現在膠着状態にあると見られ、米国防総省は21日、ロシア軍の侵攻について、首都キエフやハリコフ、北部チェルニヒウなど多くの都市の手前で依然停滞しているとし、その分、巡航ミサイルなど遠距離からの砲撃を強化している、という見方を示しました。

さらに、キエフの国際空港があるボリスピリ市の市長は22日、ロシア軍の攻撃が迫ったとして市民に緊急避難を求めました。北東側にいたロシア地上部隊が南下し、キエフ包囲へ本格的に動きだした可能性があると見られています。

ロシアは、ウクライナがここまで激しく抵抗するとは予想しておらず、戦況を見誤った、と見られています。

米国防総省や戦争研究所、英国防省の分析によると、ロシア軍は、侵攻から3週間で精密巡航ミサイルをほぼすべて使い果たした可能性があり、短期決戦を予定していたため、補給の不足の問題も大きい。民間人の犠牲を厭わない「消耗戦」に移行し始め、更なる攻撃を続けるだろうとしています。

祖国防衛のために必死で士気の高いウクライナ軍に比べ、ロシア軍は、自国が攻撃されたわけでもないのに、身近に感じているウクライナに攻め込まねばならないという状況に、士気が上がらないと言われています。ロシア軍の死者もすでに7000人~15000人(ニューヨークタイムズ及びウクライナ外務省、20日)ほど出ていると言われ、彼らとその家族もまた、誤った為政者に翻弄された犠牲者だと言えるのかもしれません。

ウクライナ侵攻を指揮しているロシア軍の将官は約20人のうち、すでに6人が戦死したとの報道があり(英BBC、20日)、指揮を執る将官が、狙われる戦闘地域にいるというところに、ロシア軍の作戦がうまくいっていない、情報が漏れているといったことが見て取れますが、通信、衛星、スパイ等を駆使した米国等の諜報機関によって、ロシア軍の動きに関する詳細な情報がウクライナに随時提供されていることの効果とも言われます。

(※)米国のバーンズCIA長官(元駐ロシア米国大使)は3月8日、米議会(下院情報特別委員会の公聴会)で、「プーチンは、長い間、不満と野心を燃やし続け、ウクライナを支配し思い通りにしようとしている。ウクライナをもっと弱い国と考えていて、短期決戦で終えられると考えていた。欧州の決意と経済制裁の影響を見誤った。プーチンは、怒り苛立っており、民間人の犠牲を顧みず、ウクライナ軍を潰そうとするだろう。プーチン大統領は事態をどう収拾するか、答えを持ち合わせていない。」と述べました。

今後どうなる?

これまでの動きを見ていると、ウクライナに対するロシアの戦術・戦略や諜報活動といったもののレベルは、洗練された高度なものとはいえない状況であり、(直接的な軍事的支援はなされていないとはいえ)西側諸国の強力な支援を受けるウクライナとの戦いにおいて、現状において、ロシアが自国の道理を完全に押し通す形での『勝利を収める』ということは、難しくなっているはずです。

しかし、プーチン氏にとって、ウクライナからの撤退や停戦は、自らの政権基盤と政治生命を危機に陥らせる可能性が高く、ウクライナ軍と人々の抵抗や、西側諸国の経済制裁がいかに強かろうとも、自ら引くつもりはないだろう、と見られています。

ロシアは、短期決戦できなかったことや補給の問題から焦りを強めており、ウクライナ西部に極超音速ミサイルを撃ち込んだと発表する(※これについて、米国防総省は「否定も確認もできない」としています。)など、新たな攻勢を強めています。今後、追い詰められたロシアが生物・化学兵器を使用する可能性なども懸念されています。

停戦交渉については、3月18日時点で、一定程度進展の見込みがあるという説明が、双方からなされていますが、現時点での停戦交渉における双方の要求(※)は、外交的・政治的な妥協点を見出しがたいものであり、楽観視はできないと思います。

(※)第3次停戦交渉における双方の要求

ウクライナの要求:即時停戦、ロシア軍の撤退

ロシアの要求:ウクライナの「非軍事化」「中立化」、クリミア半島でのロシアの主権承認、ドネツクとルガンスクの主権国家としての承認

上記争点のうち、「中立化」については、ウクライナ与党がNATOの早期加盟断念を示唆するなど、歩み寄りの余地もあるかと思いますが、しかし、クリミアとドネツク・ルガンスクの主権承認は、まさに、主権国家ウクライナの領土を“武力によって奪い取る”ことを認容することを意味するものであり、ウクライナはもちろん、西側諸国にとっても、到底許容できるものではありません。長期化や、停戦に至る過程での戦争激化も懸念されます。

ポーランド、スロヴァキア、ルーマニア、モルドバ等、ウクライナの近隣諸国に、ロシアの攻撃が拡大するおそれもゼロではないと懸念されますが、万が一、NATOの加盟国が攻撃を受けた場合には、NATOが一丸となってロシアと直接戦うことになりますので、その場合の事態の悪化・深刻化、世界への影響は計り知れません。

ウクライナ問題の複雑さ

今回のロシアの“暴挙”の前に、あまり論じられることがないように思うのですが、ウクライナ問題は、片側からだけ見ていると、正確な実相が見えてこない、という複雑さを持っています。

2014年のクーデターとクリミア半島併合時にも示されたように、東部ウクライナやクリミアには、親ロシア派の住民が多く居住します(※)。東部ウクライナ(ドネツク・ルガンスク州)は、ドンバスと呼ばれる旧ソ連邦時代から続く重工業地帯であり、ロシア語を話し、ロシアへの帰属意識を有する住民が多く居住しており、2014年のクーデター後にキエフに成立した反ロシアの暫定政権に対しても強い反発がありました。

(※)クリミアの民族構成(2014年)

ロシア人65.2%、ウクライナ人16.0%、クリミア・タタール人12.6%、タタール人2.3%

(一定の)住民の支持を受けているという点において、ドネツクとルガンスクの”人民共和国独立”と、「そこからの要請を受けての介入」と抗弁するプーチン氏の言を、全くの絵空事だと片付けられない難しい事情が、ここにはあります。

(もちろん、今回のロシアの軍事侵攻は、国際秩序や人道的観点から到底許されるものではない、ということを当然として、その上で、一体何がどうしてこうなっているのか、ということを解き明かす趣旨です。)

一方で、西部ウクライナは、ポーランド領だったところを、第一次及び第二次世界大戦でソ連が占領し、その過程で住民はソ連から苛烈な迫害を受け、飢饉による多数の死者等も出ており、そうした記憶の中で、今回万が一にもロシアに占領されたりしたら、どれほど苛酷な目に遭うことか、ということが身に染みていると言われます。

(単純化して申し上げれば)さらに遡る長い歴史的経緯からも、現在のウクライナという国の中で、西部ウクライナ(親西欧、ギリシャ・カトリック)と東部ウクライナ(親ロシア、ロシア正教)には、大きな溝・対立が存在しており(加えて、例えば東部ウクライナ住民の中にも、当然に立場の違いがあります。)、こうしたウクライナ内部のセンシティブな問題を正確に捉えた上で、なんとかして停戦、そして、その先の安定構築のための解決の方途を探ることが必要となってくると思います。

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