「子どもに戦争見せたくない」日本で暮らしたウクライナ人女性、徒歩でポーランドへ「あしたも見通せない。どうか、力を」

堀内 達成 堀内 達成

「子どもに戦争は、見せたくなかった」―。昨年まで在日ウクライナ大使館で働いていたヴィオレッタ・ウドヴィクさん(35)が2日夜、6歳になる息子と夫と避難したポーランドから取材に答えた。「ウクライナ東部での衝突ぐらいはあり得ると思っていたが、ここまで大規模になるとは…。日本の友だちから来る、励ましのメッセージが力になる。引き続き応援してほしい」と憔悴しきった表情で、それでも力強く、訴える。

妹からの電話に「うそ、あり得ない」

昨年10月までの4年間、在日ウクライナ大使館で外交官として勤め、その後は出身地で現在、戦闘が続くウクライナ南部のオデッサ州に帰郷。チリ人の夫と長男と暮らしていた。

ロシアが侵攻した2月24日は冬休み中で、ウクライナ西部に滞在していた。帰宅予定だったこの日の朝7時ごろ、妹から「ロシアが侵攻してきた」と聞き「うそ、あり得ない」と言葉を失った。

自宅のあるエリアで爆発音、帰宅断念「子どもの安全、確保したかった」

侵攻前から夫には在ポーランドのチリ大使館から「今、どこにいる」「状況はどうか」と心配する電話がかかってきていた。自身も米国や欧州の国々がウクライナから外交官を帰国させ始めた時から懸念していた。国外避難も検討していたが「最後の最後まで、心のどこかで(侵攻がないことを)期待していた」と振り返る。

オデッサでも爆発が聞こえたと知り、自宅には帰れないと判断。「とにかく子ども安全を確保したかった」。西部リビウが安全との情報があり、もともと購入していた電車のチケットを使い、リビウで途中下車し、その日は妹の友人宅に泊まった。

翌25日、チリの大使館から「今日、ポーランドとの国境まで来られるならピックアップに行ける」と連絡があり「じゃあ、行こう」と夫と決めた。

水や食料を買い込み、タクシーで国境に向かった。最後3kmは歩いた。国境は本来、車でしか通過できないが徒歩のウクライナ人が押し寄せていた。出入国の制限が緩和されており、新型コロナウイルスのPCR検査がなかったり、期限切れの身分証明書でも受け入れたりしていたという。

大使館の助け受け、ワルシャワに。「空爆も足止めもなかった。神様に感謝」

25日深夜、チリ大使館の助けでポーランドの首都ワルシャワに到着した。「私たちは国境で空爆も、足止めもなかった。本当に運が良かった。神様に感謝」とヴィオレッタさんは語った。

現在はホテルに滞在しており、今後どこに行くかはまだ決まっていない。オデッサにいた両親もルーマニアに出国した。いずれはポーランドで落ち合うつもりだがその予定さえ、ままならない。「どこに宿泊するかなど、今日のことを決めるだけ。あしたのことは見通せない。私たちがコントロールできることではない。神様に任せるしかない。毎日祈っています」

ポーランドに来て、周囲のサポートがありがたいという。滞在するホテルは宿泊料を割引してくれ、公共交通機関は無料。ルーマニアに逃げた両親はホテルから宿泊や食事の無料提供を受けた。

「たくさんの民間人が死亡してしまった。本当に理由のない戦争」

ウクライナの首都キエフにいる友だちは地下で待機を強いられている。フェイスブックでは友だちが、攻撃で部屋の窓ガラスが割れた様子を投稿している。「この悲劇は言葉で表現できない。たくさんの民間人が死亡してしまっている。本当に理由のない戦争だ」

「プーチンはクレイジーだけど、それをサポートしている人たちがいる事実がもっと恐ろしい。ロシアの警察は各地で抗議している人たちを逮捕している。子どもでもおばあちゃんでも関係ない。それは文明社会じゃない。10世紀前の世界だ」

学生の時に留学していた3年半を合わせて、計7年半も日本で暮らしたヴィオレッタさん。現在は神戸学院大学(神戸市)の客員准教授でもある。日本の友人たちから「私にできることある?」「お金が必要だったら伝えて」といったメッセージが届いているといい「みなさんに感謝している。どうか、ウクライナへの応援をよろしくお願いします」と訴えた。

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