乳がん検診受診を促すためのポスターやコピーを公募したピンクリボンフェスティバル「第17回ピンクリボンデザイン大賞」で、ポスター部門グランプリを受賞した作品が波紋を呼んでいます。そのポスターには福引きのガラガラ抽選器を乳房に見立てたイラストに【「まさか、私が」と 毎年9万人が言う】というコピーが添えられています。
病院内でポスターを目にした人の投稿がSNSで拡散し「腹立たしい気持ちになった」「がん当事者の気持ちを想像するとかは二の次なのか」「二度と見たくない」とグランプリに選んだことを疑問視する声が相次ぎました。なかには「抗議のメールを送りました」と“実力行使”に出る人まで現れました。
検診受診を促進するという本来の果たすべき役割を差し置いて話題になってしまったポスター、なぜここまで炎上したのでしょうか。昨年乳がんと診断され、現在ステージ4で闘病中のたかみきさんに当事者の一人として意見を聞きました。
乳がん患者「なぜグランプリになったのか」
――このポスターを見た率直な感想をお聞かせください。
たかみきさん「患者の気持ちを全く考えていないですよね。福引きは海外旅行が当たるとか楽しいもので、プラスのイメージがあります。でも、がんは、どちらかというとプラスではなくマイナスですよね。好き好んで乳がんになる人はいません」
――検診の啓発ポスターなので患者に向けたものではないという意見もあるようですが、どう思われますか。
たかみきさん「あのポスターを見て、『福引きに当たったら嬉しいな、検診に行こう!』と考えることはないでしょう。訴求効果がないものがなぜグランプリになったのか…」
――一方で乳がん検診を定期的に受けても乳がんになることもある。
たかみきさん「毎年検診を受けていて、1カ月に1度くらいセルフチェックしていたのに乳がんになりました。しかも、胸にしこりを見つけた時、4つの病院に行き、がん拠点病院も受診しているんです。その度に良性の乳腺種だとか言われて、『何か心の病を抱えていない?』と言われて、心療内科か精神科を紹介されかけたこともあるんです」
――乳がんの確定診断はいつですか。
たかみきさん「2021年の夏、腫瘍の転移が原因で、頚椎が折れて救急搬送されました。デルタが流行っている時で、搬送まで2時間かかったのですが、30分遅かったら亡くなっていたと言われました。搬送後、精密検査をして乳がんが転移していることが分かったのです。今は首にボルトが12本入っているのですが、もともと体力があったこともあり、自転車をこげるようになりました」
――ポスターは、検診受診率の向上を目指しているようですが、患者としての意見を。
たかみきさん「啓蒙と患者の応援の両輪が回ってこそピンクリボンの意義があるはずです。日本では検診ばかり推していて、その啓蒙すらこんな状態ですよね。患者や検診を受けていたけど取りこぼされた人にも目を向けてもらいたいです」
落語家、柳家さん八さんに聞く「粋と野暮」
そもそもポスターとは、多くの人に的確に情報を伝えるために存在しています。そのためには分かりやすいキャッチコピーや印象に残る写真やイラスト、デザイン、そしてユーモアを駆使して興味を持たせることが必要となります。
ただし、乳がんになることを福引きに当たるというハッピーな例えはユーモアがあると言っていいのでしょうか。ユーモアのプロ、江戸時代から続く落語の世界ではどう位置付けられているのか。落語協会相談役でラジオ番組のコメンテーターとしても活躍している、落語家の柳家さん八さんに聞きました。
――師匠は奥様を子宮がんで亡くされているのですね。この問題についてどう思われますか。
柳家さん八さん「そうです。このポスターを作った人は、ユーモアのつもりかもしれないし、そうじゃないかもしれないけど、選んだ人が常識ないよね。笑いとかいう以前の問題。審査のプロってそんなセンスしかないの?という話です。主催者も、がんになった人の気持ちがわかっちゃいないんだね」
――落語には、病気の人や心身に障害を持つ人の噺はないのでしょうか。
柳家さん八さん「そういう噺もありますが、笑いを取るための噺ではなく、人情噺だよ。笑いの種にすることじゃないでしょ。東京の演芸場や寄席では昔から、障がいのあるお客さんが来られたら、木戸口のところで従業員が確認して、楽屋のほうに知らせが入るのよ。こういう方が入られましたと。そうしたら、その人に関わる噺はしない。お客様に不愉快な思いをさせちゃいけないってんで、過剰なくらい神経質になるんです。ところが、このポスターは人ががんになることをガラガラポンで揶揄している。これを洒落ているとか粋だとか言われても、そりゃあ私には理解できないね。人目に触れるものだから、よほど慎重に考えなきゃ。こんなの粋でも何でもない。野暮だよ」
「想像を怠った創造は害でしかない」
「第17回ピンクリボンデザイン大賞」は、一般公募して2万点以上応募があった中からポスター部門、コピー部門、それぞれ17点の受賞作品として選ばれました。選考は4段階を経て、審査員による最終選考が行われました。最初に事務局による審査が行われますが、「公序良俗に反する作品ではないか、見る人を傷つける作品ではないかなど、ネガティブチェックも行います」とピンクリボンフェスティバル公式サイトには書かれています。
そして最終審査会は、6人の広告関係者が選考しました。審査委員長で東京コピーライターズクラブ事務局長、コピーライターの中村禎さんは審査を終え、作品に対しこう評価していました。「そんな見方もあるのかと魅力を見つけていけた作品。胸を張って世の中に出ていってほしい」(宣伝会議ブレーンデジタル版より抜粋)
まいどなニュースは主催者の日本対がん協会に対し「グランプリに選ばれた理由」「乳がん患者や患者家族が傷つくと思わなかったのか」「どういう点が啓発になると思ったか」と質問しました。
「ご質問に対し、まとめてお答えいたします。デザイン大賞は、乳がんの早期発見の大切さを伝え、検診受診を呼びかけるとともに、正しい知識の習得と自分に合った適切な行動を促す作品を募集しており、その趣旨を踏まえて選出されたと認識しています。審査過程については非公開となっており、詳細はお答えできません。患者さんやご家族の方を傷つけてしまったことをお詫びを申し上げます」と回答が返ってきました。なお、審査委員長の中村さんには東京コピーライターズクラブを通じて取材を申し込んでいます。
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「がん検診は大切。それは間違いない。ただ、検診を受けていてもがんになることはある。(ポスターを見て)どれだけあなたは悪くないと言われても、どこかで自分を責めてしまう苦しさが分かりますか」と話してくれたのは、乳がんサバイバーであるモチコさん。そのモチコさんから啓発ポスターはなぜ炎上したのかについて、核心をつく一言が得られました。
「想像を怠った創造は害でしかない」