ビルの隙間でずっと鳴いていた子猫 バーのマスターに引き取られ「猫店長」として一躍人気者に 今ではかけがえのない存在

うちの福招きねこ〜西日本編〜

西松 宏 西松 宏

 福岡市博多区にある「Bar&Cat&Darts GRIMM JOW」。ダーツも楽しめる店内では、マスターの平元慎太郎さん(48)の飼い猫「大吉」(オス、5歳)が「店長」を務めている。ある日突然、見知らぬ男女が保護した子猫を連れて店に現れた。その子猫を引き取り、一緒に出勤するようになると、一躍人気者に。逃走劇もあったが逆に絆が深まり、今は大吉店長と仲睦まじい日々を過ごしている。平元さんに、大吉との出会いの経緯やこれまでのエピソードなどを聞いた。

 2016年10月のとある日の夜、上下スウェットのラフな若い女性と、スーツ姿の男性という、一見不釣り合いな男女が店に入ってきたんです。よく見ると、男性は生後3週間ほどの子猫を抱えていました。

 彼はこう言いました。「突然すいません。ビルの隙間で1週間くらい、見るたびに鳴いていた子猫がいて、放っておけなかったので保護したのですが、うちのマンションはペット飼育不可で…どうしようかと途方に暮れていたら、鳴き声を聞いたこの方(女性)が『どうしました?』って声をかけてくれて、ここに連れてきてくれたんです」

 一緒にいた女性も、「マスターは店先でたまに猫の世話をしてますよね?そんな方なら、なんとかしてくれるんじゃないかと思って…」と。突然の出来事に戸惑いましたが、たしかに僕は、店にやってくる外猫たちに餌をあげていました。彼女はそれを見かけたんでしょう。

 当時、野良の白猫一家やキジトラの子猫が店に遊びにきていてね。みんな警戒心の強い子たちでした。ある時、そのキジトラの子が店の近くで車にひかれていたんですよ。それを見たとき、ああ、僕はその子のために、何かできることが本当になかったのだろうかと思いました。

 男女が子猫を連れてきたとき、そんな後悔の念が心の片隅にあったこともあり、同じキジトラでしたし、なんとかしてあげたくなって、その子猫を引き受けたんです。

 それまで猫を飼ったことはなく、当初は里親を探すつもりでした。でも、しばらく一緒に過ごすうちに、独身で一人暮らしということもあるかもしれないけど、子猫ならではの愛くるしさにハートを撃ち抜かれてしまってね(笑)。

 それで、自宅から毎日、一緒に出勤して店に連れてきていたら、入口やカウンターでちょこんと座っている姿が「かわいい!」とお客さんやSNSで評判になり、多くの人を招くようになったんです。「猫好きのマスターに出会って運がよかったね」と、お客さんたちも一緒になって名前を考えてくれて「大吉」と命名。ちなみに、大吉を最初に保護して連れてきた冒頭の男性(Mさん)も常連客になり、今もすごく可愛がってくれています。

 店にいるとき、大吉はカウンターに座っている人の膝の上に乗ったり、お客さんのボストンバッグの中に隠れてみたりと愛嬌をふりまいて、「店長」としての役割を果たしてくれています。ただ、家に帰ると僕にべったりなんです。店ではいろんな人たちが来るから気が張っているんでしょう。実は甘えんぼなんですよね。

 そんな大吉店長ですが、一度だけ脱走し、3日間、行方不明になったことがありました。2018年12月28日の早朝。店の営業を終え、リュックに大吉を入れて、いつものように自宅マンションへ戻り、1階でエレベーターに乗ろうとしていたら、降りてきた方の杖が床の隙間に挟まり、その人が僕の方へ倒れてきたんです。リュックから顔だけ出していた大吉は、びっくりして外へ飛び出してしまいました。

 その時の大吉の顔、今でも忘れられません。ずっと室内飼いだったため、外への憧れがあったのかもしれません。目をキラキラさせて「父ちゃん、行ってくるよ」といわんばかりの表情を浮かべ、嬉々として走っていったんです。その姿を見たとき、もしかしたら大吉はもう戻ってこないんじゃないか、と不安がよぎったのを覚えています。必死で追いかけたけれど、まだ暗く、すぐに見失ってしまいました。

 それから、心配して駆けつけてくれた常連のお客さんらに協力してもらい、大吉の捜索が始まりました。僕は10時間以上も方々歩き回りました。もしかしたら見つからないんじゃないかと心配になり、一心不乱になって探していたので、不審者と間違えられたほど(笑)。

 翌日はMさんに捜索チラシをつくってもらい、近所に配ったり貼ってもらったりして情報を募ることに。それでも見つからず、途方に暮れていたら、そのチラシを見た近くの焼肉屋さんから「この猫見たよ。他の猫(地域猫)たちと遊んでいたよ。絶対に間違いない」との目撃情報が!

 急いでその場所へ駆けつけてみると、なんと、そこに大吉がいるではありませんか!逃げた自宅を中心に、かなり広範囲を探していたんですけど、灯台下暗しというか、いたのは自宅から目と鼻の先の所だったんです。ただ、近づくと逃げるんですよ。すぐ隣は車がビュンビュン走っています。どうしたら捕まえられるか思案していたら、Mさんが捕獲器を購入して持ってきてくれました。

 大吉は僕の靴下が大好きなんです。そこで僕の匂いがついた靴下や衣服、使っていたトイレ砂などを捕獲器の中に置いておきました。すると、大晦日の早朝、匂い作戦が功を奏して、中に大吉が入っているではないですか。砂埃まみれだったので、おそらく側溝とかで寝ていたのかもしれません。外への興味があったとはいえ、やはり僕のことが気になっていたんでしょう。ぎゅっと抱きしめて部屋に戻ると、大吉は水をたくさん飲み、安心して寝てしまいました。

 年末の慌ただしい時期、常連さんらの協力のおかげで大吉は無事戻ってきました。一緒に探してくれた方々には感謝しかありません。それ以来、大吉は懲りたのか、外へ出るのが怖くなったみたいです。僕はというと、3日間とはいえ大吉がいなくなったことで、その存在の大きさに改めて気づきました。そして、二度とこういうことがないようにと反省し、しっかりと扉を閉められるキャリーバッグを買いました。

 今は大吉なしの生活は考えられないんですよね。かけがえのない存在です。外猫に餌をあげる程度だったのに、そんなふうにいま、猫を溺愛している自分が不思議でなりません。ちょうど大吉と出会ったとき、僕の心の中にあるくぼみに大吉がぴったりと収まったというか…。なんなんでしょうね、このフィット感(笑)。人間と猫とで姿形は違うけど、ひとつのソウル(魂)であるような…。今はそんな気がしてならないんです。

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