私たちが毎日使う歯ブラシ。大阪府八尾市は、そんな歯ブラシ生産量日本一の町だ。そんな歯ブラシを作るのに欠かせないのが、金属でできた「金型(かながた)」。同じ八尾市に、歯ブラシに特化した金型製作において、日本でトップクラスのシェアを誇る会社がある。武林製作所だ。その会社が歯ブラシとは無関係の、ある「美しい商品」を作って評判を呼んでいる。
一度使うとやめられない、手のひらサイズの芸術品
美しい商品とはカトラリーレスト「ITADAKI」。いわゆる箸置きだ。武林製作所が作るのは、富士山を思わせる流線形に、上品な光沢が美しい一味違う箸置き。色は3種類で、素材のステンレスを生かしたシルバーと、金メッキ加工を施したゴールド、そして一部に金箔をあしらったシルバーゴールド。
表面には菊、梅、桜、シャクヤク、ツツジといった日本の四季を表す5種類の文様があしらわれ、触るとわずかに感じる凹凸は1/1000ミリという単位で調整するというから驚きだ。手のひらサイズの芸術品のようなカトラリーレストに、実に30工程に及ぶ技術が入っている。
発売は2017年。洋食器にも和食器にも馴染み、テーブルにさりげない華やぎを添えると評判になり、ミシュランガイドにも載るレストランや高級リゾートホテルから注文が相次いだ。価格は一本1万1千円から1万5千円(税別)と、カトラリーレストとしては少々高め。しかし発売当初から「キラキラと美しい」「珍しい形」「大切な人へのプレゼントにぴったり」と、女性を中心に熱い視線を集めた。あるカトラリーレストの収集家は「ITADAKIは、一度使い始めると止められない」と愛用しているという。
「こうした感想を、直接聞けることが嬉しい」と話すのは、武林製作所専務取締役の武林広高さんだ。
ITADAKIで気づいた、ものづくりの喜びと満足
「社員も私も、ドラッグストアなどに行くとつい歯ブラシを見に行きます。これが、自分たちの作った金型から誕生した歯ブラシだと思うと、誇らしい」
ただ、武林製作所で作っているのは、あくまでも金型だ。
そもそも「金型」とは、製品や部品を成形する金属性の型。鯛焼きの鉄板と同じで、金型に材料を入れ、製品を成形していく。そこからさまざまな家電のパーツやゴム、ビール瓶などが大量生産されていくのだ。
武林さんによると、成形の出来不出来は「金型で決まる」という。それほど重要な役割を持つ金型だが、一般の目に触れる機会はほとんどない。
自分たちのブランドを作り、ものづくりにかける想いや技術を広く知ってもらうのが長年の夢だった。そこで大阪産業振興機構が支援する「大阪商品計画」を頼り、商品開発に向けスタートを切った。
最低でも100案出せと言われた「アイデア出し100本ノック」では、160案以上を絞り出し、市場調査や競合の分析といった開発のノウハウを一から学んだ。開発メンバー7人を中心に、社員全員を巻き込みながら助言を一つ一つ実践して誕生したのがITADAKIだ。ITADAKIは、優れた技術に裏打ちされた創造性の高い製品に送られる「大阪製ブランド」ベストプロダクトにも選ばれている。
ITADAKIの開発前は、納品するメーカーから「素晴らしい金型」と感謝される喜びを味わってきた武林専務だが、ITADAKIを作り始めてから少し違う喜びを味わっているという。
「自分たちの作った作品が、直接世に出る満足感ですね。でも、ものづくりの面白さは共通です」
金型作りは、我々の想像を超える繊細な技術が必要だそう。価格も金型一つ100万円から1千万円以上と幅広い。ITADAKIには、そんな金型を作る職人の高い技術が入っている。「職人は“手を抜く”ことを知りません。満足されるものを作るには、まず自分たちが満足できなければ」
ITADAKIもマスクのほねも、ベースは金型技術
ITADAKIの名の由来は「頂上」や「最高峰」。デザインされた富士山と同じく、日本一の技術力や想いの頂上を目指したという。また「良いものを大切に使っていただく」と同時に、食べ物を「いただく」という日本人独特の心も表現した。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、武林製作所は2020年12月に「マスクのほね」を開発、販売を開始した。手持ちの不織布マスクに装着すれば、マスク内に空間が生まれる。呼吸による張り付きを防ぎ、蒸れや息苦しさでストレスを感じる人に好評だ。
マスクのほねは、まさにプラスチック用金型の製造技術を生かした商品だ。
「ITADAKIもマスクのほねも、ありそうでなかったもの。まだ世の中に無いものを作らなければ」と挑戦し続けている。
【武林製作所ホームページ】
ITADAKI https://itadaki.shopselect.net/