「ペットショップで猫を購入し、家に連れて帰ったところ、大きな病気があることがわかった」という方から、ペットショップにどのような対応を求めることができるか相談がありました。ペットに関する法律問題を取り扱っているあさひ法律事務所・代表弁護士の石井一旭氏が解説します。
【相談】ペットショップで購入したマンチカンが病気を持っていました。店員さんから「おとなしくてかわいい猫ですよ。値引きしますよ」と声をかけられて購入した猫です。家に連れて帰ると、猫風邪をひいていたようだったので、動物病院に連れていきましたが、診察の結果もっと大きな病気があることがわかりました。法律上、ペットショップにどんなことを請求できるのでしょうか。
購入した契約の解除を求めたり、治療費の請求ができます
▽1 修補請求・代替物引渡請求
売買契約において引き渡された目的物が、その品質に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、①目的物の修補、②代替物の引渡し、③不足分の引渡しのいずれかの方法をとることができます(民法562条1項)。これらを総称して「履行の追完」といいます。要は「最後まで責任を持って約束どおりのことをやってください」ということです。
買主が病気であることを知りながらかわいそうに思い、あえてその子を購入した(ペットの病気を受け容れた)、というような事情でなければ、ペットショップで購入した猫が大病を患っていることは「その品質に関して契約の内容に適合しないもの」といえますから、買主は、ペットショップに対して、①目的物の修補として病気の治療の請求、または②代替物の引渡しとして、病気の猫と引き換えに代わりの猫の引渡しを求めることができます。本件では猫の数に不足があったわけではないので、③の不足分の引渡しは問題になりません。
ただし、売主は、買主に不相当な負担を課すものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができます(同但書)。つまり、買主に不相当な負担がないのであれば「治療費を支払うのではなく、代わりのマンチカンを提供することでお願いします」とか、あるいは逆に「マンチカンが他にいないので、当店で病気が完治するまで猫をお預かりさせてください」などと言えるということです。何が「不相当な負担」に当たるかは、ケースバイケースになります。
なおこれらの請求は当事者間の特約で排除できることとなっています(同572条。ただし、契約に適合しないことを知りながら告げなかった場合などは特約があっても責任を負わなければなりません)。ペットを購入する際は必ず契約書を交わし、その際「当店は契約不適合責任を負担しません」というような文言がないかどうか、よく確認しておきましょう。
▽2 代金減額請求・契約の解除
買主が、相当の期間を定めて、①修補もしくは②代替物の引渡を請求したにもかかわらず、その期間内に履行されなかったときは、買主は、その不適合の程度に応じて代金の減額請求をすることや(同563条1項)、契約を解除することができます(同564条、541条)。
なお、「履行の追完」が不可能なとき(例えば猫が病気ではなく障害を持っていた場合)や、売主が「履行の追完」を拒絶する意思を明確にしたときなど一定の場合には、買主は直ちに代金減額請求または契約の解除ができます(同563条2項、542条)。
契約を解除した場合、契約当事者間には原状回復義務が発生します。これにより、買主はマンチカンをペットショップに返すことと引き換えに、代金の返還を受けることができます(同545条)。
▽3 損害賠償請求(債務不履行責任)
買主は、修補請求・代替物引渡請求・契約の解除と並行して、病気の猫を売ったことについて過失がある売主に対し、債務不履行に基づく損害賠償請求をすることができます(同564条)。これは、「あなたが私と約束したとおりのことをしなかった以上、そのことによって私が受けた損害は弁償してください」ということです。
本件における損害賠償請求の対象としては、例えばマンチカンを動物病院で診てもらった診察料や通院費用等が考えられます。
ただし、債務不履行責任が認められるためには、売主の過失が必要になります。猫が病気であることを知っていて隠して売ったとか、必要な検査を省略したような場合は、売主の過失が認められるでしょう。一方、キチンと獣医師の診察を受けさせていたが病気が見逃されてしまった場合に、ペットショップに過失があると言えるかどうかは微妙なところです。
▽4 期間制限
上記1~3の請求をするためには、買主が猫の引渡しを受け、猫が大病を患っていることを知ってから1年以内にペットショップに通知しなければなりません。ただし、ペットショップが引渡し時に病気であることを知っていたかあるいは重大な過失によって知らなかった場合は、1年が経過した後でも請求可能です(566条)。
ペットショップが猫の病気を知っていたことや、容易に知ることができたことを買主が証明することは簡単ではありませんから、請求は原則として1年以内に行うべきでしょう。
▽5 消費者契約法
マンチカンをペットショップに返して契約をなかったことにしたい、という意向であれば、消費者保護法に基づく契約の取消を行うことで、猫の返還と引き換えに代金の返還を請求することができます。
消費者である個人がペットを業者から購入するにあたって、業者が重要事項について事実と異なることを告げ、消費者がその告げられた内容が事実だと誤認をして契約を締結した場合は、契約を取り消すことができます(消費者契約法4条1項1号)。重要事項とは、当該消費者契約の目的となる物の質・用途などの取引条件であって消費者が契約を締結するかどうかの判断に通常影響を及ぼす事項のことをいいます。
ペットとして飼おうとした猫が病気を持っていることは買主にとって重要事項と言えますから、ペットショップが「おとなしくてかわいいですよ」だけではなく、「とても健康な子ですよ、病気などしていませんよ」などと告げていたり、健康体であるとの保証書を発行していた場合であって、買主がそれを信じて購入したところ、その猫が病気だった場合は、買主は契約を取り消して、ペットショップに対し、猫の返還と引き換えに代金の返還を請求することができます。
▽6 人間等に感染した場合
猫の細菌感染症が飼主に感染する危険性もあります。
ペットショップで購入した猫の持っていた感染症が人間にも感染した場合は、ペットショップが人への感染を予見できたのであれば、債務不履行責任として、人間に生じた治療費等の損害賠償を請求することができます。他の猫に感染した場合も同様です。感染症や寄生虫の場合は、部屋や器具の消毒にかかった費用の請求も可能でしょう。
ただし、この場合も、ペットショップが検査をきちんとしていたのに検査漏れが生じてしまった場合にもペットショップの過失が問えるか、という問題はありますし、また、人間や先住猫が罹患した病気が本当に購入した猫からうつされた病気なのかもよく争いになります。先住猫が発症してから新しい猫を検査してみたら病気が見つかった、というケースの場合、先住猫の病気が購入した猫からうつされた病気であるというという因果関係が証明できなければ、債務不履行責任を問うことができません。
対策として、新しく購入した猫に少しでもおかしい兆候があればすぐに獣医師に相談することも重要ですが、それ以外にも、いきなり先住猫と一緒に生活させるのではなく、一定の期間先住猫と隔離して、検査を受けさせたり様子を観察した上で一緒にさせることで先住猫の安全を図ることも大切です。