療養中の家族がいても…結婚式をあきらめない 無料で支援する看護サービスが話題「末期がんを患う母に、感謝を伝えられた」

野田 裕貴 野田 裕貴

コロナ禍で中止や延期を余儀なくされた、結婚式の中止や延期。感染者数が落ち着いてきたとしても、家族が高齢であったり病気を患っていたりすると、感染リスクを考えて招待できないケースもある。そんな悲しい思いをする方のために、結婚祝いを無料サポートするキャンペーンが話題を呼んでいる。病気や介護で療養中の家族がいる新郎新婦に、家族の看護、衣装の手配やメイクなどをすべて無料で提供するという内容だ。

この取り組みを始めたのは、保険外の訪問看護サービス「かなえるナース」を手がける東京都港区の株式会社ハレ。代表取締役の前田和哉さんは、「コロナ禍で結婚祝いができずにつらい思いをしている人のために、私たちができることを考えた」と話す。

2021年2月から10組限定で募集を開始し、これまでに7組の方が利用している。2021年の夏には、末期がんを患う母を結婚式に招待したいという新郎新婦へ、サービスを提供。 かかりつけの医療機関との連携や式場スタッフとの調整を行い、結婚式に出席する新郎の母をサポート。亡くなる1カ月前のことだった。

「できないと思っていた結婚式を、家族で過ごせた」

依頼を受けたのは、2021年夏。コロナで延期していた結婚式へ母を招待し、感謝を伝えたいという内容だ。新郎の母、山本さん(仮名)は子宮体がんを患い、残された時間が限られた状態だった。新婦は前田さんの元・同僚で、同じ看護師、新郎も医療関係者だ。山本さんの残された時間を考え、依頼日から2週間の開催が決まった。

すぐにウェディングプランナーとの打ち合わせや、この取り組みに賛同する企業と衣装やブーケの手配を開始。式自体の準備はスピーディに進んでいった。一方で、当の本人である山本さんは、参加への不安が強かったという。病気の進行によりお腹には水がたまり(腹水)、吐き気や疲れやすさが出やすい状態。脱毛や痩せてしまったこと、肌が黄色く見える黄疸など、病気や治療によって見た目も変化していた。特に外見については「こんな状態で親族のみなさんにご挨拶できない」という発言もあった。

山本さんへのケアのため、ハレから通院する医療機関に協力を依頼。担当看護師から普段の体調や異常時の対応、当日に使う薬など情報提供を受けた。主治医は式のスケジュールに合わせて、腹水を抜く処置をするための短期入院を手配してくれたという。外見についてはプロのヘアメイクをハレから依頼し、メイクとウィッグで対応。不安を和らげるため、以前前田さんが結婚式をサポートした女性の写真も送った。「その方も病気によって見た目が変わっていましたが、お化粧してとても素敵になったんです。お化粧前後の写真を送り、こんなに変わることもあるんですよとお伝えして、心変わりを待ちました」(前田さん)

それでも体調や不安により式場に来られない場合を想定し、別のプランも準備して式に臨んだ。

 参加できるか当日までわからなかった山本さんは、式場に姿を見せた。ただ車椅子を使わずに自分で動けるものの、表情は険しい。体調を考慮し、到着すぐにソファで横になり休むよう促す。山本さんのペースに合わせて着替えやメイクを進めるうちに、険しかった表情は徐々に和らいでいったという。

山本さんの準備が終わると、前田さんが提案した新郎と父とのファーストミート。タキシードを着た息子をみた山本さんの顔に、この日初めて笑顔が浮かんだ。

「みなさんはお母さんが病気になってから、苦しむ様子をずっと見てきたんです。この数カ月、つらいことばかりだったので、お母さんが笑顔でいてくれるか、楽しんでくれるか不安だったと思います。お母さんがこんなに綺麗な晴れ姿でいるのは、何カ月ぶり、もしかしたら何年ぶりだったかもしれません」(前田さん)

ファーストミートのあとは、挙式へ。山本さんの体調を考慮し、それぞれの工程を短くしたプログラムを進行。ベールアップ、誓いの言葉、と進み、新郎からの手紙に山本さんは涙を流した。

看護師のスタッフは常に付き添いながら、本人が無理なく参加できるようサポートした。休憩が必要か、お手洗いは大丈夫か、という確認はもちろん、吐き気が出ないように、タイミングをはかりながら水分補給の声かけをした。食事内容や飲み物は、家族と相談して事前に決めておいたものを用意。休憩や準備中には、お腹が少しでも楽になるようにと、ホッカイロで腹部を温めた。

「こんな状態で親族のみなさんにご挨拶できない」と心配していた山本さんは、親族紹介でも笑顔を見せていた。披露宴中も吐き気や疲れを感じさせることなく、すべての工程に参加。無事に式は結びを迎えた。

控室に戻ると山本さんはどっと疲れが出た様子で、しばらくソファで休憩。横になった状態でスタッフがメイクを落とし、手早く着替えを手伝い、体調が整ったタイミングで自宅へ帰宅した。式場の片付けを終えると、前田さんは写真をすぐに現像し、その日のうちに新郎新婦へ手渡した。

その1カ月後、前田さんのもとに新郎新婦から1通のメールが届いた。そのメールには、山本さんの訃報とともに、「できないと思っていた結婚式という晴れの日を、家族で過ごせた価値は何にも変え難いものがあった」と感謝の言葉が綴られていた。

赤字でも無料サポートを続ける理由

この結婚祝いのキャンペーンでは、交通費や会場代は依頼者持ちだが、それ以外に費用はかからない。看護師が病状に合わせたケアをするのはもちろん、衣装やブーケのレンタル、着替えの介助、新婦のヘアメイク、写真撮影など、すべて無料で提供する。もしこのサービスを有料で受けると、諸経費を除いて30万円ほどかかるという。赤字を出しながらも無料にこだわるのには、前田さんが考える理由がある。

「私たちは看護のプロでも、ウェディングに関してはアマチュアです。ときどきミスもするかもしれません。そんな未熟な状態にもかかわらず、お金をいただきながら経験を積むというのは、礼儀としてあってはならないと思ったんです」(前田さん)

衣装やブーケのレンタル、移動支援など、キャンペーンに賛同してくれる企業が低価格、場合によっては無料で協力してくれるのも、継続できる大きな理由だ。

経営としては赤字であっても、これまでのサポートはハレにとって大きな学びとなっている。通常の結婚式とは違い、車椅子や介護タクシー、ときには酸素ボンベなどを手配し、当日のご家族の体調を考慮すると数種類のプログラムを考えておくことも必要だ。準備に多くの時間と労力を要するものの、関係者とともに入念に準備すれば、短い時間でも素晴らしいイベントにできることがわかったという。

「依頼から数日~数週間後というギリギリの申込みが多かったのですが、7組すべてのご家族へサポートができました。どの依頼者様もご家族を想う気持ちが強く、本当に感動する結婚祝いばかりでした」(前田さん)

周りの人の癒やしにもつながるサービスを

前田さんが手がけるかなえるナースは、主に終末期患者にサービスを提供している。

事業を始めたのは、前田さんが末期がんを患う義母にフォトウェディングをプレゼントした経験がきっかけだ。亡くなる3週間前に、入院中の病院から介護タクシーを使い写真館で家族写真を撮影した。義母と一緒に楽しく過ごした時間は、前田さんにとって忘れられない思い出となっている。この経験から、終末期の状態にある方の願いをかなえる事業を始めた。

これまで結婚祝い以外に、観光や旅行の同行、病院からの一時帰宅の看護などさまざまな願いに対応してきた。当初は本人のために提供を始めたサービスだったが、周りの人にも貢献していることに徐々に気づき始めたという。

「実際にサポートしていると、人間関係に関わる願いをかなえようとする方が多いと気づいたんです。人が最後に後悔することって、大切な人に言いたいこと言えなかったとか、感謝を伝えられていないとか、ずっとケンカしたままだとか、人間関係に関することなんじゃないかと思うようになって。最近ではそういった人間関係の後悔を、私たちのサービスをとおして解消してくれる方が少しずつ増えてきたんですね。人に感謝を伝えること、わだかまりを解消することで、本人だけでなく最期を見送る方の心のケアにもつながるのではないかと思っています」(前田さん)

今後のサービスとして、人間関係の後悔を解消するため、会いたい人に会いにいくサポートを考えているという。

「病気だから病院にいないといけないとか、体が動かないとか、そういうのは一回とっぱらって、『本当はこんなことがしたい』、『この人に会いたい』という願いを、私たちにおかませしてほしいです」(前田さん)

結婚祝いの無料サポートはあと3組。体調が思わしくない方、残りの時間が限られている方にもっと知ってほしいと話す。「私たちのサービスは柔軟性があるので、何でもお願いできると思ってほしい。お問い合わせいただけたら、どんなことができるのか見えてくると思います」(前田さん)

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【前田和哉(まえだ・かずや)さん プロフィール】

株式会社ハレ 代表取締役・看護師・保健師。聖隷浜松病院の救急科集中治療室、都内の訪問看護ステーションの勤務を経て、2018年6月に同社設立。かなえるナースを中心に、複数の事業を手がける。

▽かなえるナース
https://ha-re.co.jp/

▽かなえるナース「諦めていた結婚祝いをかなえます」
https://ha-re.co.jp/news/2021campaign/

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