「人に対して“すみません”と“ありがとうございます”はなるべくたくさん言うこと」。俳優の仲村トオル(56)が二人の娘に父親として伝えるアドバイスは、シンプルながらも深い。長女はモデルとして父親と同じ芸能界の門戸を叩いたばかり。ジャンルは違えども、娘の一人が自分と同じ道を歩み始めている。それは俳優として父親として、どのような心境にあるのか。話を聞いた。
成功するのは簡単なことではない
愛娘が進む道に関して仲村は「どのような世界なのかを僕自身が知っている分、心配なことと心配しなくてもいいことが、ほかの職種に比べたらわかるので、それほど心配はしていません。それにこれはどの職業にも当てはまることだと思いますが、人との出会いや出来事によって様々な事が起こるものですし、どんな仕事でも成功するのはそう簡単なことではないと思っていますから」と冷静に見守っている。
娘へ向けてのアドバイスが「人に対して“すみません”と“ありがとうございます”はなるべくたくさん言うこと」とシンプルなのは「僕自身がいろいろ細かくアドバイスするよりも、自分で体験したり実感したりして理解することの方が多いと思うので」という理由があるからだ。
長女との父娘共演は?
そんな真摯な父に対して、当の娘たちは親愛と尊敬の念を持っているようだ。「娘が人から『どんなお父さん?』と聞かれたときに、『まあ、スーパーマンですよ』と答えているのを聞いたことはありますけど(笑)。それは僕の仕事のOKになった部分しか見ていないからだと思います。ドラマや映画、そして舞台にしてもナレーションの仕事にしても、皆さんの目や耳に触れる前には、失敗があり、ダメ出しがあり、無様な姿もあるわけです。人様に見せても大丈夫な状態になって初めて皆さんに見ていただく。そう考えるとこの職業は、父親として娘にカッコいいところだけを見てもらえるという良さはありますね」と謙遜する。
でもよくよく話を聞いていくと、仲村はどうやら家でもスーパーマンのようだ。「部屋が散らかっていたりすると、僕は『片づけなさい!』とまずは言いますが、娘たちがすぐに片づけ始めないと『片づけないのか?なら俺がやる!』と自分が片付け始めてしまう。家族からは“我慢弱い”と言われていますが、気になったことは自分で率先してやってしまう。そういった意味で、何でもやってしまうからスーパーマンと答えたのかなあ」と目尻を下げる。
一ファンとしては見てみたい、父娘共演。水を向けると仲村は「僕は無理かなあ。別の設定があったとしても、結局は父親の顔になってしまいそうで」と心の整理はちょっと難しそうだ。
表に現れると書いて“表現”
主演映画『愛のまなざしを』(11月12日公開)では、亡き妻の思いを引きずり続ける精神科医・貴志を演じる。『UNloved』『接吻』に続く万田邦敏監督との愛憎劇。仲村は万田監督ならではの演出術にゾッコンだ。
「万田監督はその役の内面に関してはほとんど何も仰らずに、仕草や動きなど目に見える部分の指示を細かく出して、演出していく方。僕は『UNloved』で初めてそのような演出を受けて衝撃を受けました。歩き出す足は右からか左からか、どちらから振り返るか、アゴの角度はこの位など、とても具体的で細かい指示でした。表に現れると書いて“表現”ですが、その言葉どおりといいますか、そういう演出で俳優に“表現”させていく。僕としては自分の感情や思考などを失くして、言われたとおりに動いたらこんなにも見たことのないような姿になるのかと、とても新鮮でした」と振り返る。
『接吻』のときは「万田監督のストライク・ゾーンが少し広がった気がした」といい、今回は「さらにゾーンが広がったことを感じましたが、万田監督の独特な演出スタイルに身をゆだねることができて嬉しかったです」と久しぶりのタッグへの喜びを全身で感じている。