「ワクチン接種に関する個人の意向や有無についてのお話は、カーブスの中ではお控えください」。兵庫県内にある女性専門ジム「カーブス」の一部で、こんな張り紙がある。新型コロナワクチンの接種率は全国で6割を超えており、ニュースや日常会話にもよく出てくるみんなの関心事だ。ねえ、どうしてジムでワクチンの話をしちゃいけないの? 本社のカーブスジャパン(東京都)に理由を尋ねると、ある配慮が見えてきた。
カーブスは「1回30分の健康体操」を掲げたトレーニングを提供している。全国に約2千店を展開し、40~70代を中心に約69万人(2020年11月末時点)が通う。兵庫県内には89カ所ある。
カーブスジャパンによると、ワクチンの話題を禁止にしたのは7月ごろ。64歳以下の一般接種が本格化したまっただ中だ。健康増進を目的とする施設のため、もともと定期的に利用者の身体測定を行い、利用者それぞれの体の悩みや持病についても把握。個人情報の扱いには慎重だった。ワクチン接種についても同じだった。それでも接種が進むにつれて不安が出てきた。「ある地域のジムでクラスターがあったという報道があれば、うちじゃないのに疑われることもあった。そういう時、おのずと誰が感染したかのうわさが立つ」と担当者。持病やアレルギーなどで「打ちたくても打てない人」が、嫌みを言われたり、自分に対して負い目を感じたりと肩身の狭い思いをする恐れが浮き彫りになった。
カーブスは地域密着型で、利用者同士が仲良くなることもしばしば。重症化リスクの高い高齢者が多く、初期の頃は特にコロナのニュースに敏感な人もいた。うわさの標的になりやすい「打てない人」に安心して通ってもらえるようにと対策を取ることにした。カーブスジャパンはカーブス全店舗に張り紙を送付し、ジム内に掲示してもらうようにお願いした。
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利用者の人たちはどう感じているのだろう。「個人の考えは人それぞれだから深入りするものじゃないしね」と話すのは西宮市内の女性(46)。体のことだけでなく、思想にも関わるセンシティブな話題だと考えるといい、「『昨日何食べた?』みたいな感じで聞くものじゃないと思う」と言う。
運動を終えた後に施設外のベンチでおしゃべりしていた3人組の一人の女性(80)は、ジム内では体を動かすのに一生懸命で話すひまはないという。
じゃあ、外では?
「仲いい人にはやっぱりね。どこの予約が取りやすいとか、副反応がどうだったかとか、こっそり聞くよね」。互いに目配せしながらうなずいた。
5月と10月に、ワクチン接種に関する悩み相談をした日本弁護士連合会の川上詩朗弁護士(63)=東京都=は、カーブスの張り紙について「人権に配慮した細やかな取り組みだ」と評価する。
ハンセン病やエイズといった感染症は、感染者が強制隔離されるなど、古くから差別や偏見にさらされてきた歴史があるという。コロナもそれらに近いものがあり、感染者が誹謗中傷を受けたり、人間関係に苦しんだりして住み慣れた場所から引っ越しを余儀なくされるケースもあった。
ワクチン接種を巡っても、新たな問題が浮上している。日弁連には「打てない人」からの相談もあるそうだ。ある女性は、地域のママグループから「(ワクチンを)打たないんだったら、感染した時は病院に行かずに自分で治して」と言われたという。会社から解雇させられた事例も。取引相手の企業から会社に非接種者が誰か教えてほしいとの要請があり、会社から接種を強要された人もいる。最近では、若い年代の接種が進み、迷っているという相談も多いという。
「前提として、ワクチン接種は任意で、選択の自由は保証されるべきもの。ワクチンの話題を避けることは人権を守る一つの手だて」と川上弁護士。ただ、要請の仕方は、強制力がなく罰則のないものにするのが望ましいと訴える。