「今起こってることほぼ全部人類は履修済みです。そこから何も変わらんのかいという絶望半分、コロナより遥かに致死率が高く、しかし対策のなかった黒死病をも人類は生き延びてルネサンスがやってきたという希望もある」
中世ヨーロッパを襲った伝染病、ペスト(黒死病)での経験を踏まえ現在のコロナ禍を観察する投稿がSNS上で大きな注目を集めている。
この投稿の主は大学の卒業論文でペストと都市防疫をテーマにしたというもちもち畑リティさん(@Hatake_ager)。
もちもち畑リティさんは研究を通し
「街を捨てて地方に逃げられたお貴族が生き延びたという記録」
「1600年代に営業自粛言われてキレてたタペストリー屋の書き殴った帳面」
「今で言う保険屋が広場を見回って書いた覚書」
など、現在起こっている社会現象を彷彿させる書物に触れ、また当時の隔離病院の遺跡などを巡ったという。そういった経験と知識から、もちもち畑リティさんが「今必要を感じること」は「社会で起こっている理不尽に対し声をあげること」だという。
もちもち畑リティさんの一連の投稿に対しSNSユーザー達からは
「黒死病(ペスト)は、今まで歴史の教科書の中だけの話だったけど、今ならその恐怖感、絶望感が実感として分かる…。(いや、今の私たちの数十倍だろうけど)」
「(新型コロナのことを)未曾有の伝染病なんていう人がいるけど、そんなことはないというお話。今回は、人間側にも武器は色々あるし、以前とは様相が違うのであります」
「きっとそうなのだろうなと思う。歴史に学び、長〜〜い目で見て考えることが必要だな。」
など数々の共感のコメントが寄せられている。
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もちもち畑リティさんにお話をうかがってみた。
中将タカノリ(以下「中将」):「営業自粛言われてキレてたタペストリー屋の書き殴った帳面を読んだ」などペスト時代のヨーロッパに現在と同じような状況があったということを知り新鮮に感じました。もちもち畑リティさまが感じておられるペストと新型コロナの共通性についてあらためてお聞かせください
もちもち畑リティ:ペストはもちろん新型コロナと全く異なる疾病です。ただし、中近世では「病が人から人へうつる」という事実がまだ知られていなかったにも関わらず、その感染力から、感染拡大の実態に沿った当時なりの隔離対策や、都市間の人流・物流を停止する対策がとられることがありました。そうした際、現代と同様に商人たちや市民は経済的打撃を受け、また治療に関するデマや流説に惑わされ、出口の見えない状況で暮らしました。世界的な病の流行の中で受ける苦しみとして、やはり共通点が多いと思います。
また、ペスト流行下でも「死は身分を選ばない」(王侯貴族や聖職者であってもペストで等しく死ぬ)という言葉が流行りましたが、実際には、栄養環境や医療環境が整っておらず、密集して暮らさざるを得なかった貧しい民の死亡率は圧倒的であり、身分の高いものは人の少ない地域に避難することもできました。現在も、在宅勤務の可、不可や大企業に勤めているかどうかといった点や、住んでいる自治体、生活環境などによって、新型コロナへの感染リスクに大きな差ができています。こうしたことも、悲しいことですが、現在まで引き継がれているパンデミック下であらわになる「格差」の共通点だと思います。
中将:学生時代の研究を通し、ヨーロッパにおける行政のペスト対策についてどのような印象を持たれましたか?
もちもち畑リティ:私が学部生時代に入り口を覗いたのは、イタリアの都市国家における黒死病対策です。当時、まだ「感染症」という概念は成立していませんし、まだ人間の血液が循環するということもわかっていませんでした。なので、当時の対策を「感染症対策」として見るのは少しずれがあります。しかし、ペストで亡くなる膨大な死者を記録することで統計学が発展したとも言われますし、「病気が感染する」ことはわかっていなかったにも関わらず、ヴェネツィアでは世界でほぼ初めて隔離病棟が作られ、発症しないか確かめる「水際対策」の制度が作られました。現在の「検疫」を表す英語「quarantine」は、この制度が40日間(=quarantine)の隔離を行なったことに由来しています。当時の人々は、多くの人が亡くなり続ける状況に対し、当時でき得るあらゆる手段を尽くして立ち向かったのだと思いますし、私たちもその知恵と学びの恩恵を受けて暮らしていると思います。
中将:もちもち畑リティさんは現在の行政によるコロナ対策、ワクチン関連施策についてどのような印象を持たれていますか?
もちもち畑リティ:現在の日本における感染症対策は非常に杜撰です。対策をとっているというよりは、感染拡大に対して何も手を打たないことを対策と呼んでいる、に近いと思います。
勿論、医療従事者の皆様をはじめ、最前線で人命と暮らしを支えてくださっている方々の懸命な努力があり、個人としてはそれに日々感謝するばかりです。ですが、PCR検査は拡大しないばかりか水際対策にすら用いず、ワクチン摂取は遅々として進まず、その原因を"若者"への印象論で説明し、補償金は出さずに飲食店の営業自粛を求め、国境をまたいだオリンピックを誘致して実行しながら国民には県境をまたいだ帰省すら自粛を要請する…もはや何をしているのかわかりません。いち市民としての印象は、中近世で取られていた対策並かそれ以下です。
中将:「毎日怒って書いて繋がることに意味はあります」というご発言についてあらためて思いをお聞かせください。
もちもち畑リティ:SNS上だけでなく多くの人が、人命を軽視した感染症対策に怒りを表明しています。Twitterなどで声を上げることに「そんなことをしても何も変わらない」と冷笑的な意見も耳にします。ですが、怒りや意思を読める形で表明することで、もやもやや不安が形になり勇気づけられる読み手もいます。それに、現在ではBLM運動やKutoo運動など、SNSが発端となって社会や世論を大きく動かした事例がいくつもあります。
現在についてだけでなく、未来についてもそうです。個人的な意見ですが、後世の歴史学ではツイートをはじめインターネットでの発言やムーブメントが史料の一種として扱われるようになっていくと思います。私がペストについて学び、当時の人の帳面すら読んだように、後世の人々はコロナ禍を知り、私たちのツイートを読むでしょう。それがまた未来の人々の学びとして活かされていくと思うのです。
中将:ご投稿に対し共感の数々のコメントが寄せられました。これまでのSNSの反響へのご感想をお聞かせください。
もちもち畑リティ:予想外に多くの方が読んでいるので、歴史学の学徒としては、参考文献も明示していないツイートが広がってしまい冷や汗をかくばかりです。「面白い」という反応が意外と多いようでしたので、これを機に歴史を読み解く面白さに目覚めてくださる方が増えたらとても嬉しいですね。
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「学部生時代に該当テーマで卒業研究を行いましたが歴史学の専門家ではありませんので、ツイートの内容や取材への回答を含め、誤った知識、不適切な史料読解が含まれている可能性があります」ともちもち畑リティさん。しかしペストと闘って得られた知識や経験をこのコロナ禍に活かすべきであるという根本のお考えは、長い歴史の積み重ねの上に生きる我々が欠かしてはいけないものだと思いお話を聞かせていただいた。
なお、もちもち畑リティさんは今回取り上げたテーマに関心を持った人がより詳しく黒死病と都市国家を学ぶための書籍として「ペストと都市国家 ルネサンスの公衆衛生と医師」(平凡社・自然叢書)をおススメしている。ご興味のある方はぜひチェックしていただきたい。
▽「ペストと都市国家 ルネサンスの公衆衛生と医師」(平凡社・自然叢書):https://honto.jp/netstore/pd-book_00538993.html